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はじめに:臨床判断教育の再構築が求められる背景
臨床判断は看護実践の中心的能力であり、患者の安全を守り、看護師としての専門性を発揮する上で必要不可欠な能力です。しかし、看護基礎教育における臨床判断の育成方法は、いまだ体系的に確立されているとはいい難い状況です。
臨床判断の概念はこれまで多くの理論家によって提案されてきましたが、その多くは「熟練看護師の思考プロセスの理解」に焦点が当てられており、「初学者がどのように判断を学習していくか」という教育学的観点は十分に説明されてきませんでした。近年の研究では、判断エラーの背景には「直観的判断(Fast Thinking)の誤作動」が関与することが多いことが、医療安全領域や認知心理学の研究で繰り返し指摘されています(Kahneman, 2014; Croskerry, 2009)。しかし看護教育の領域では、直観を「熟練者の特性」と捉える傾向が強く、その成長過程における誤作動やリスクに目を向けた教育モデルは発展途上であるといえます。
また、臨床判断を巡る既存の議論は、ベナーによる熟達化理論やタナーによる臨床判断モデルを土台として看護実践の理解を大きく前進させた功績がある一方で、①誤った直観のメカニズムが十分に記述されていない、②初学者が安全に判断を行うための手順が明確でない、③直観に影響を与える感情・非認知能力が体系的に扱われていない、といった課題を残しています。
さらに近年の認知神経科学研究は、臨床判断に関する理解をさらに深化させています。Libet(1985)やSchultze-Kraftら(2016)の研究は、人間の行動は意識的な判断に先立ち、無意識的な神経活動によって準備されること、そして、その後のごく短い時間おいて、意識は行動を「開始する」のではなく、「中断・抑制する」役割を担っていることを示しました。この知見は、直観の構造理解を深め、教育における安全な判断の取り扱いを再考する契機となりました。
こうした背景から本稿では、既存の臨床判断理論を尊重しつつ、それらを教育的に補完する形でReframed Clinical Judgment Model Grounded in Compassion(以下、RCJM-Ca)を提案します。本モデルの目的は、以下の3点です。
・直観(Fast Thinking)の教育的位置づけを明確にすること
・誤直観が生じた際の安全な対応(反応の保留・協働判断)を明示すること
・優しさ(Compassion)を臨床判断の基盤として再評価すること
本モデルはタナーの臨床判断モデルを否定、あるいは置き換えるものではなく、さまざまな科学的知見を統合することによりその構造を再整理・再構成し、暗黙的であった判断過程を学習可能な枠組みとして教育的に発展させることを意図したモデルです。

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