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特集 精神分析はたのしい――人文知との邂逅・民主化の未来
「贅沢な持物」から必要なものへ――ある精神分析の記録
加茂 聡子
1
1四谷こころのクリニック
pp.109-116
発行日 2026年8月20日
Published Date 2026/8/20
DOI https://doi.org/10.69291/cp26070109
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- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
週4回同じ場所に通い,カウチに横たわって自由連想を行う。この精神分析の設定について,「そんなことが可能なのか?」「非効率的ではないか?」と首を傾げる人がいるかもしれない。精神分析は,殊にここ日本では非現実的だという批判を長らく受けてきた。また,そんな「非現実的」な設定に患者が誘いこまれるという,ある種の「怪しさ」も醸しているのかもしれない。
精神分析と人はどのように出会い,またこの設定は何を可能にするのか。私は「女性への怒りと,男性としての自信のなさ」を悩みとして抱えた30代の男性と都心の精神科で出会い,精神分析を始めた。この設定,つまり分析家の傍らに横たわり,決められた時間で会い続け,分析家は具体的助言は行わずに時折解釈を伝える,というかなり特殊な設定は患者にどのような変容をもたらすのか。本稿は,そのような問いへのひとつの具体的事例を通じての応答である。
なお,本稿で紹介する事例は本質を損なわない程度に加工してあり,経過中に発表の同意を得ている。また,介入やその背景にある私の思考は面接において患者と共有したものに限った。

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