Japanese
English
特集 勉強の心理学
知的障害のある子どもたちの「勉強」――「わからない」に伴う不安と傷つきのワークスルー
朝倉 由里乃
1
,
長谷 綾子
2
1香川大学教育学部附属特別支援学校
2香川大学医学部臨床心理学科
pp.320-325
発行日 2026年5月10日
Published Date 2026/5/10
DOI https://doi.org/10.69291/cp26030320
- 有料閲覧
PPV購入案内
1,650円 (1,500円+税10%) こちらは、320ページから325ページの文献です。
PPV(ペイ・パー・ビュー)とは、論文(記事)単位で購入・閲覧ができるサービスです。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
- 参考文献 Reference
I はじめに
知的障害のある子どもは,学校でどのように「勉強」しているのか。その障害ゆえに,「勉強」は本質的に難しいのではないか。しかし,心理職であっても,そうでなくても,多くの人はその実態を知らないだろう。知的障害の特別支援学校(以下,特支学校)では,子どもたちが,また先生が真摯に「勉強」に取り組んでいる。そこには必然的に困難が伴うが,特支学校で行われている「勉強」は単に一般の学校の「勉強」の水準を下げたものではなく,子どもたちが生きるために必要な営みとして成立している。そして,「勉強」は子どもたちの心に確かなものをもたらす。子どもが生きるために日々向き合っている「勉強」と,その過程で生じる心の動きを切り離してしまえば,「知的障害があるから勉強が難しい」という理解そのものを問い直すことはできない。そこで本稿は,「勉強」に携わる教員と,心の臨床に携わるスクールカウンセラー(以下,SC)の共著とした。
以下では,「知的障害のある子どもにとって『勉強』とは何か」「知的障害のある子どもの心に『勉強』は何をもたらすのか」という問いについて,それぞれの立場から応答を試みる。本稿が,「勉強」を別の角度から捉える契機になることを願ってやまない。なお,記述された以下の事例はすべて,個人が特定されないよう配慮し,加筆修正を施している。また,執筆に際しては校長および管理職の許可を得ている。

Copyright© 2026 Kongo Shuppan All rights reserved.

