Japanese
English
連載 1つの看護教育史 1946~53 東京看護教育模範学院で学んだ人々・1【新連載】
わが国の看護教育のモデル校として誕生した模範学院
川島 みどり
1
1健和会臨床看護学研究所
pp.74-77
発行日 1992年1月25日
Published Date 1992/1/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663900333
- 有料閲覧
PPV購入案内
1,320円 (1,200円+税10%) こちらは、74ページから77ページの文献です。
PPV(ペイ・パー・ビュー)とは、論文(記事)単位で購入・閲覧ができるサービスです。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
連載のはじめに
卒後40年,看護教育模範学院の1951年卒業生23名(日赤女専13名,聖路加女専10名)が,湯河原の旅館で一夜をともにした.当時の恩師6名とともに.師は,聖路加から高橋シュン元聖路加看護大学教授,吉田時子聖隷学園浜松衛生短期大学学長,檜垣マサ聖路加看護大学教授,今村節子鹿児島女子大学教授.日赤からは,園部梅元生田看護専門学校副校長,小林花子元杏林大学附属看護学校教官の諸先生である.
口に入るものなら,何でもよかったあのひもじかった日々のことを話題にしながら,目の前の海の幸に舌つづみをうつ.コレステロールや皮下脂肪を気にする年齢となっても,思い出話に笑い転げるさまは昔とちっとも変わらない.中には卒後初めての人もあったが,話しているいうちに,ニックネームが飛び出し,数十年の隔りを一気に縮めたものであった.

Copyright © 1992, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.

