Japanese
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特集 患者にとって‘夜’とは何か
子どもの夜と私という看護婦
若松 澄子
1
1国立武蔵療養所重症心身障害児病棟
pp.15-21
発行日 1976年1月1日
Published Date 1976/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661917784
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- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
はじめに
自分が看護の中で見,感じることがいかなる意味をもっているのか,ということを最近考えさせられることが多い.私にとって,看護していて患者が自分の中に入ってくるその度合いの変化,というものを感じさせられてならないからである.
それは看護婦としての私の歩みから生じてきた事柄のように思われる.私は過去3年間肢体不自由児施設における看護を経験し,研修のため1年間臨床看護を離れた後,再び臨床看護の現場に帰った.そして現在,重症心身障害児と呼ばれる子どもの看護に携わっている.このような看護婦としての私の歩みの中で,研修のため臨床看護を離れた時期を基軸に,看護の場で出会う障害をもつ子どもを見る私の目が変化していることを感じるようになったからである.

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