Japanese
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特集 脳性麻痺
就職して感じたこと
高品 明典
1
1文京福祉センター老人サービス係
pp.432
発行日 1979年6月10日
Published Date 1979/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552104169
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- Abstract 文献概要
私は昭和34年10月31日に双生児として生まれ,2人とも未熟児でした.弟とくらべ私は発達がおくれ,生まれてから1年たっても首が安定せず,1人ではすわっていることもできませんでした.母は私を何ヵ所かの病院へつれてゆきましたが原因がわからず,肢体不自由児協会で五味重春先生によってようやく“脳性小児麻痺”と診断されました.それから一日おきの機能訓練に通い,起立訓練,歩行訓練などにより,ころびながらも1人歩きできるようになり,5歳のときから近所の幼稚園に通うことができるようになりました.
しかし,小学校へ入学するときは,弟と一緒に近所の小学校へ入学することはでぎず,スクールバスで1時間もかかる養護学校で勉強することになりました.その後,5年生から6年生になるときに,担任の先生のお世話で近所の小学校に転校することができ,中学も高校も普通の学校で勉強することができました(小学校のころは身体が弱く,風邪をひきやすく,よく学校を休んだものでした).
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