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集談会物語り
久留米大学医学部眼科学教室同門会について
南 熊太
1
1久留米大学眼科
pp.1063-1064
発行日 1958年7月15日
Published Date 1958/7/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1410206418
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- Abstract 文献概要
昭和3年4月1日久留米市に九州医学專門学校創設せられ,従来の久留米市立病院がそのまゝ附属病院となり,その眼科医長吉村郁三医学士が初代眼科教授となられたが吉村教授は,昭和4年6月15日に逝去せられた。昭和5年12月31日第2代教授として広瀬金之助教授着任せられ,昭和18年2月27日,修業年限を1年延長して修業年限5カ年となり九州高等医学專門学校と改称し,昭和21年3月31日より久留米医科大学となり,昭和21年8月23日広瀬教授は長崎医科大学に栄転せられ,昭和21年9月27日南熊太は第3代教授として着任した。昭和27年4月1日より(新制)久留米大学医学部と改称された又一方昭和29年6月には学位審査権が認可され,昭和31年4月1日よりは大学院開設が認可され南熊太が久留米大学医学部大学院医学研究科委員会委員を命ぜられた。
斯の如き期間に於いて,眼科学教室に於いて勤務し,或は何等かの形に於いて研究せし者は約140名である。之等同門による久留米大学医学部眼科学教室同門会(雨身を含む,に関しての記録を記載せんとするものである。斯くの如き同門会は各大学眼科必ずしも開かれているとは限らない由であるので,集談会物語りの一部として記録しおかんと希望するものである。
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