Japanese
English
If…
当たつた単独結核腫の診定—杏雲堂病院長 塩谷卓爾氏に聞く
長谷川 泉
pp.1442-1443
発行日 1966年10月10日
Published Date 1966/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1402201509
- 有料閲覧
PPV購入案内
1,320円 (1,200円+税10%) こちらは、1442ページから1443ページの文献です。
PPV(ペイ・パー・ビュー)とは、論文(記事)単位で購入・閲覧ができるサービスです。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
購入には医書.jp本会員登録が必要です。
会員登録完了後に改めて上記「購入サイトへ」を選択してください。
または「購入サイトへ」選択後に「購入ログイン」、「新規会員登録」の順に進んでください。
会員登録について詳しくはをご確認ください。
- Abstract 文献概要
医学に進むことは決められていた
長谷川 お父様もお兄様も医師でしたから人生のコースは,すでに決まつておりましたか。
塩谷 父は福島の須賀川医学校の校長をしており,そのころ後藤新平を教えました。後藤新平の名古屋時代に岡崎病院長をやりましたが,51歳で,私が3歳のときに死にました。
Copyright © 1966, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.

