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公衆衛生院第1・2回卒業生の集い
林 路彰
1
1国立公衆衛生院母性小児衛生学部
pp.568-569
発行日 1980年8月15日
Published Date 1980/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1401206135
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- Abstract 文献概要
満開の桜が散りかけた昭和55年4月12日,公衆衛生院医学科第1・2回卒業生の同窓会が院内で催された.昭和13年3月に創立された公衆衛生院が医師に対する1年課程の本格的な教育を開始したのが,翌14年4月からである.昭和15年春には,その第1回生24人が卒業し,入れ替わりに第2回生17人が入学した.今年は両者が卒業または入学してから満40周年ということで,合同の同窓会を行なうことになったわけである.
これら41人のうち,現在なお元気で活躍しているものは20人にすぎない.戦・病死者,あるいは満州国,その他からの留学生で戦後消息不明のものがあり,第二次大戦の傷あとが同窓生名簿になまなましく残っている.当日40年ぶりに公衆衛生院を訪れた同窓生は12人で,西宮,大阪などからも駆けつけて再会を喜び合った.当時の恩師である川上理一教授と赤塚京治教授を迎え,さらに院側から染谷四郎院長と臼井竹次郎部長も加わった.染谷院長は2回生と机を並べたことがあり,臼井部長は統計学の実習指導をされた関係で1・2回生と顔なじみである.すでに80歳代に達せられた川上先生と赤塚先生が若々しく,40年を経過した今日では学生との区別もつきかねる様子が写真からもうかがえよう.
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