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はじめに
川島(2024)によると,社会モデルの一つである米国社会モデルでは,障害は個人に起因する機能障害と社会的障壁の相互作用により生じると表現される。支援を求めて相談に来た一人のクライエントと一対一で向き合ったとしても,セラピストの側には,個人モデルと社会モデルが多元的に機能していることが重要である。そうした理解を特に求められる事例として,発達特性パートナーとの関係不全に苦しむ女性クライエントの支援がある。女性クライエントの訴える不安や抑うつを個人の内界の苦悩として心理療法を続けてもいっこうに変化しない,その症状はおそらく発達特性傾向にあるパートナーとの関係不全からくるものなのではないか,とセラピストが考えるが,そのパートナーに一方的に非があるとするだけでは解決しないような状況である。そのため,本研究においては,特にこのような女性クライエントの訴えに対して,心理支援職がどのような支援モデルをもち,何に困難を感じているのかという点に焦点づけて調査を行う。
発達特性パートナーとの関係不全に苦しむ状況については,いわゆる「カサンドラ症候群」という名称が広く知られてきたが,このテーマが学術的に議論される機会は乏しい。その名称の由来は,アポローンの愛を拒絶したことにより「カッサンドラーの予言を誰も信じないように」という呪いをかけられたギリシャ神話のカサンドラに由来する。この名称を,最初に発達特性パートナーとの関係性のテーマとして用いたAston(2007)は,のちにAffective Deprivation Disorderとして,少なくとも一方のパートナーが以下の一つ以上の診断基準を満たすこと,つまり低い情動的知性(emotional intelligence),アレキシサイミア,低い共感性指数(empathy quotient)をあげている。その後,発達特性パートナーとの関係に苦しむ当事者の手記(Bentley, 2007 ; 野波,2015 ; 西城,2015),カサンドラ症候群の専門家による書籍(Aston, 2014 ; 宮尾・滝口,2016 ; 岡田,2018)が日本でも次々と出版された。数少ない専門家による調査として,岩田(2018)は,同症候群の自助会参加者女性70名のアンケート調査から,パートナーの子育てへの協力の乏しさ,自責感,共依存や経済的事情,「被害者意識」の高さなどの特徴を認めたとしている。Bostock-Lingら(2012)は,アスペルガー症候群のパートナーとの親密な関係における定型発達女性の生活満足感についてのシステマティックレビューにおいて,これらの報告は実践に基づくガイドラインを作成するだけの学術的臨床的エビデンスに欠けていることを指摘し,臨床上の問題を同定してその改善に寄与するような実証研究の必要性を訴えた。「カサンドラ症候群」を2026年2月現在,学術論文検索エンジンCiNiiにおいて検索すると34件のヒットがあった。そのうち入手可能な資料を表にまとめたが(表1),その多くは一般読者向けの雑誌や当事者手記であり,臨床心理学領域の学術論文は非常にわずかであった。これらの文献の「支援(解決)モデル」に関して,山本(2025)のみが,医師から「カサンドラ症候群」と見立てられた女性たちの相談の中で,彼女たちのこころの中の未解決な課題の切り離し作業を共に行うことを支援の課題とする,個人に変化を促す個人モデルによる支援を示唆していた。その他の文献に関しては,パートナーを支援の対象に含めたもの,問題を外在化して相談者の自責感などを緩和する方向性が多く認められた。
なお,先行研究には,心理支援職における心理支援の現状を調査したものは見られなかった。そこで本研究においては,心理支援者へのアンケートやインタビューによる現状把握を通して,社会モデルの視点を含んだ支援の実践知を対象化することを試みる。

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