- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
認知行動療法は時に常識の心理学だと言われる(Beck, 1976)。例えば,統合失調症などの精神症に対する認知行動療法では,幻聴に対する心理教育として一般人口においてどの程度他の人には聴こえない声が聴こえる人が割合としているのか,そこからノーマライジングを心がけ実体験のある人々のエンパワメントを促していく。
ご周知の通り,1960年代から臨床での応用のため体系化されはじめた認知行動療法は,1977年のうつ病での臨床試験以降,不安症,パーソナリティ障害,物質使用障害など適応範囲を現在まで広げている(Rush et al, 1977)。このように認知行動療法は現在の診断学の進歩と並行して発展しており,同時に,認知理論によって統一された全人的理解の基での一貫した介入が,さまざまなメンタルヘルス障害に有効であることが明らかになっている。このような認知行動療法の特徴から,自殺対策において認知行動療法が役立つ可能性が示唆される。そして,自殺対策と認知行動療法の発展とは密接な関係がある。例えば,認知療法の臨床適用を大きく発展させた,提唱者の一人であるAaron T. Beckはうつ病に対する認知療法の適応からエビデンスの構築を始め,うつ病で典型的に見られる自殺企図や自殺念慮などについても研究を進めている。これまでさまざまな知見が蓄積されており,混沌としがちな自殺対策の現場において参考になることも多い。特に自殺という一見すると常識の範囲内で捉えることが難しい現象に認知行動療法の知見や実践を加えていくと,より個人の全体を尊重した,個別化された介入となる点に臨床的なニーズの高さがあると筆者は考えている。そこには学術的な教育を超えた,臨床家としての成長も含まれる。本稿では,近年のうつ病に対する認知行動療法,そして自殺対策の認知療法の知見から,具体的な対処や知見について概観していきたい。なお,自殺対策の認知行動療法に関するエビデンスについては紙幅の関係で本稿では省いた。

Copyright© 2025 Kongo Shuppan All rights reserved.