特集 精神分析はたのしい――人文知との邂逅・民主化の未来
情緒が開かれていくとき――ナルシシズム的世界から「今,ここで」の世界へ
若佐 美奈子
1
1神戸女学院大学
pp.79-85
発行日 2026年8月20日
Published Date 2026/8/20
DOI https://doi.org/10.69291/cp26070079
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1 はじめに
個人オフィスを開設して10年弱が経った。専門家からの紹介に加え,「精神分析的心理療法」を求めて自ら来談するクライエントが一定数存在していることは,効率的な問題解決を求められることの多い現代においても,自分のこころの深奥にじっくり向き合う場に対するニーズがあることを示しているように思われる。
精神分析的心理療法において特徴的なのは,セラピストがあらかじめ適応目標を設定し,変化を導くのではなく,クライエントとともに「今,ここで」生じていることの意味を探索していく点にある。その過程で,クライエントがこれまで生きてきた対象関係や無意識的交流のあり方が,治療関係のなかに現れる。その経験をワークスルーする過程で,当初は両者とも想像していなかったような景色が見えることがある。
本論で紹介していく20代後半のAは,ナルシシズム的様相とスキゾイド的退避の双方を示すクライエントであった。面接初期,Aは精神分析を理想化し,自由連想や夢の報告を熱心に行っているように見えたが,治療は長く停滞した。私は強い無力感や窒息感,怒りを抱き,それが彼の生きてきた世界とつながっていることを想像しつつも,解釈によって心理療法プロセスを展開することができなかった。その後,中断・再開と設定変更を経るなかで,両者のあいだには,それまでと異なる関係が生まれていった。本事例で,Aが自分と他者のこころに触れることの恐怖と興奮の両極に揺れつつも,誰かと現実的な関係を持とうと奮闘する姿を描写していきたい。それは,セラピスト,クライエント双方にとって強い苦痛と限界に向き合った末の,驚きを伴った新しい体験であった。

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