特集 精神分析はたのしい――人文知との邂逅・民主化の未来
あなただけが知っておいてくれたなら
上田 勝久
1
1兵庫教育大学
pp.72-78
発行日 2026年8月20日
Published Date 2026/8/20
DOI https://doi.org/10.69291/cp26070072
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1 はじめに
精神分析および精神分析的心理療法を構成するのは,分析的設定,分析理論と方法,被分析者,そして,精神分析家もしくは精神分析的心理療法家である。
本来的には,最後の要素は規定の組織にて規定の訓練を受け,その資格を取得した人のことを指し,ゆえに本稿で提示するケース報告は精神分析や精神分的心理療法には該当しないことになる。私はいずれの資格も有していないからである。以下に報告するケースは,一般的な心理職がその手の著書や論考に記された方法論や現象理解の手立てを見よう見まねで取り組んだものであり,学術的な妥当性を鑑みると,このような立場の者が本特集の「精神分析的心理療法ケース」のセクションを執筆することにはやはり戸惑いがある。ゆえに当初は,この依頼はお断りするのが筋だろうと考えていた。
だが,日本では精神分析の知に関心を寄せる臨床家の大半が私と似た境遇にあり,さらには,日本精神分析学会が編集する『精神分析研究』に掲載された論考の多くが同様の立場の人の手で執筆されてきた歴史的事情をふまえると,私がここにケース報告することにも何か意味はあるのかもしれない。そう考えなおし,この稿を執筆し始めている。
繰り返しになるが,本ケース報告は学術的・公共的な妥当性を欠くものであり,私自身はパーソナルな読み物の域を出ないと考えている。
ただ,その一方で,だからこそ本ケースはここで発表することに一定の意義があるとも感じている。そのことをどれだけうまく示せるのかは心許ないところだが,とにもかくにも報告を開始してみようと思う。

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