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I 揺れる虐待定義
近年,毎日のように報道される児童虐待は,もはや人々の感性を麻痺させてしまっている。悲惨なニュースを目にしても,「また起きたか」と軽く受け止め,すぐに記憶から消えてしまう。だがそのなかでも,声にならない声を上げようとする子どもたちや虐待サバイバーたちがいる。
昨今,児童虐待の定義問題が社会で波紋を呼んでいる。きっかけとなったのは,大手芸能プロダクションである旧ジャニーズ事務所のジャニー喜多川氏(2019年没)が少年たちに性加害を繰り返していた,いわゆるジャニーズ問題である。あれほど多くの子どもたちに被害を与えたにもかかわらず,虐待と認定されずにいる。なぜならば,日本の法体系では児童虐待は保護者が子どもに加える行為に限定しているからだ。仮に,そのような不適切な行為が犯罪に当たったとしても,虐待には当たらないという,いびつな構造になっている。また,きょうだいから受けた被害についても,それを防止しようとせず放置した保護者はネグレクトという虐待の責任を問われるが,加害者であるきょうだい自身は虐待をしたことにはならない。教育現場においても同じである。学校の教職者が子どもに性暴力を加えたとしても,刑法等の法律か,教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律(令和3(2021)年6月4日公布,令和4(2022)年4月1日施行)が適用され,虐待認定を受けることはない。
諸外国の法律と比較するとどうであろうか。わが国の法律における児童虐待の定義は極めて範囲が狭く,行為者を保護者(なかには施設長等も含む)に限定している。そして,子どもに生じている人権侵害の視点で虐待を捉えるのではなく,加害行為の視点から虐待が定義されているのである。ちなみにWHOのチャイルド・マルトリートメントの定義は「子どもの健康,生存,発達,あるいは尊厳に,現実に害を及ぼす,または害を及ぼす可能性のあるもの」とあり,子どもの立場から記述されていることがわかる。そう考えると,わが国の児童虐待の捉え方のままで子どもの人権が守られるのかと疑問にすら感じる。
児童虐待から視野を広げ,障害者虐待,施設内虐待,高齢者虐待,配偶者虐待などさまざまな虐待をみれば,ますます虐待の定義や対応の仕方が細分化されていて把握が難しくなる。その上,教育虐待や宗教虐待などの新たな虐待が登場すると,虐待の定義を巡る議論はますます混乱を極める。
そもそも「虐待」の原語に立ち還ると,“abnormal use/ab-use”(濫用・悪用)であり,立場や役割が不適切に使用されることを意味する。つまり,児童虐待では「保護者(親権者)という立場・役割」の使い方が間違っていることになり,障害者虐待では「ケアワーカー」,施設内虐待では「施設職員」,配偶者虐待では「ジェンダー」,高齢者虐待では「介護者」といった立場・役割の濫用・悪用ということになるのかもしれない。
しかし,すでに述べたように,加害者だけの視点で虐待を捉えていたのでは被害者の人権になかなか光が当たらないばかりか,虐待の本質を見逃してしまう危険もある。さらに,これまで虐待とは認識されなかった事象――きょうだい間の暴力などの家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス),ヤングケアラー,ハラスメント,いじめ,SNSなどによる誹謗中傷行為など――もその本質を捉えきれない。一昔前とは違い,価値観が多様の時代にあっては,加害者が拠って立つ立場や役割が極めて不明瞭になっている。だからこそ被害者の立場に立ち,加害者の行為によって人間としての尊厳や人権が侵害されているという視点を持てば,虐待の実態はもっと明瞭に浮かび上がってくるのではないか。

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