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I はじめに
ブラック・ジャックとタコ社長,前者は凄腕の治療者で,後者は町工場の経営者だ。ブラック・ジャックは言わずと知れた,手塚治虫による医療マンガの主人公である。無頼の外科医ながら,その腕前は神業の域にあり,難しい症例を軽々と治してしまう。タコ社長は映画「男はつらいよ」シリーズの脇役で,「とらや」の隣で小さな印刷会社を経営している。寅さんと遣り合うのが毎回のお定まりで,ケンカがエスカレートするとタコ社長が,「いいか寅,てめえなんかにな,中小企業の経営者の苦労がわかってたまるか」と,茹でダコのように顔を真っ赤にして怒る。このセリフには,思わず溜息が出る。妙に身につまされてしまうのだ。
私が自分を重ねるのは,やはりタコ社長だ。タコ社長は,人柄は温和で従業員にも慕われているのだが,なにしろ経営には苦労している。私はといえば,経営者としての振る舞いがどうにも板につかず,数字に弱くて単純な割り勘ですら計算を間違え,同僚を呆れさせる。そのときはたまたま調子が悪かったのだ,と強弁しても,同僚は首を傾げるばかりである。
一方,ブラック・ジャックへの憧憬は,私を心理臨床における技法習得へと邁進させた。20代の駆け出しの頃,「◯◯技法」という名称には目がなかった。特にシステム論的アプローチには強い関心を抱いた。だが当時は,それらをテクニカルな手法としてのみ捉えており,その本質には思いが及んでいなかった。気がつけば,頭の中は技法の断片で満たされていた(田中,2025)。
本稿では,開業臨床における技法について再考する。結論を先取りするなら,技法の結集と留保,その逆説こそがコラボレーション志向の開業実践を駆動する,というのが本稿の主張となる。

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