Glaucoma 私のArchives
手術決断の「to be or not to be that is the question」の過去・現在
澤口 昭一
1
1琉球大学医学部眼科学教授
pp.72-76
発行日 2015年8月31日
Published Date 2015/8/31
DOI https://doi.org/10.34449/J0024.01.50_0072-0076
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若い頃(といっても30歳代半ばすぎ),1995年前後,アメリカ留学から帰り新潟大学の緑内障クリニックに復帰して4~5年が経ち,臨床にも少し自信を持ち始めた頃で,当時は新潟大学で新米の講師をしていた.前任の岩田教授が定年退官されてから緑内障手術が一挙に緑内障を担当していた私に降りかかってきた.それ以前の1990年代前半までの岩田教授時代の緑内障手術のメインは代謝拮抗剤を使わない線維柱帯切除術であり,時に同一患者での片眼線維柱帯切除術(レクトミー)+他眼線維柱帯切開術のトライアル,一時期集中して行われた初期の原始的な全麻でのインプラント手術(ACTSEB)など,ありとあらゆる手術が行われていた.これらの手術の結果・経過を見せていただいたおかげでレクトミー(もちろん多くの合併症を抱えた手術ではあったが)以外の緑内障手術は眼圧下降効果に疑問がつくこと,また5FUから始まった代謝拮抗剤を併用したレクトミーを始めた初期の頃には代謝拮抗剤による合併症もまだ出現していなかったことから,ついに新潟大学を含めた大学附属病院のみならず,全国の緑内障手術はMMC併用レクトミーの黎明期を迎えていた頃であった.
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