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解糖系の律速酵素であるPKM2 (pyruvate kinase M2)の糖尿病性腎臓病(diabetic kidney diseases:DKD)における意義が注目されている。近位尿細管は糖新生とβ酸化のみ優位で,解糖系は旧来乏しいと解釈されてきた。しかし,近位尿細管にも解糖系やPKM2は存在し重要であり1),PKM2活性化がDKDを抑止し2),一方で急性腎障害(acute kidney injury:AKI)は増悪しうる3)という真逆の結果が提唱された。DKDではPKM2不活化で糖副次経路のうち,ポリオール経路,へキソサミン経路,DAG-PKC経路,終末糖化産物(AGEs)-RAGE活性化経路(図1)で糖毒性代謝物の増加が生じる2)。PKM2活性化は解糖系からTCA回路への代謝産物の流入を促進し,ミトコンドリア活性化に伴うATP産生が上昇し,DKD抑止につながる(図1)。なぜDKDでPKM2不活化が生じるか,その本来の生体意義については,副次経路のもう1つであるペントースリン酸経路にてNADPHが産生され,これがグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)という活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)スカベンジャーを活性化しROSを低下させること,リボース5-リン酸が核酸の材料として細胞修復に働くことの代償機序2点とされている。したがって,PKM2を活性化させると,AKI下においてはいわば緊急事態宣言のごとき病態下で余裕なきミトコンドリアの過負担となり,ROS上昇がAKI増悪を生む3)。PKM2活性化や解糖系への介入はAKIを悪化させる副作用の可能性があり,DKDへの創薬展開として限界を匂わせる。ただ,近位尿細管に解糖系がないとされていた旧来の知見は覆され,今ここに腎解糖系のパラダイムシフトが発信され,new 腎・糖代謝が1つのkey wordである。解糖系とニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)の関係は密接である(図2)。NADは解糖系にてNADHに還元され,ATP産生につながる。つまり,解糖系酵素はPKM2を含めNAD依存性である。一方,糖新生はNADHをNADに酸化し,ATPを消費してまで糖を逆産生する。つまり,糖新生酵素はNADH依存性である。したがって,NAD/NADH比が上昇すれば,ミトコンドリアの解糖系→TCA回路→酸化的リン酸化のATP産生が亢進し,腎臓は糖消費・ATP産生臓器と化すが,逆にこの比が低下すれば,糖新生亢進が起き,腎臓はATP消費・糖の他臓器供給装置と化す。NAD/NADH比が腎臓の代謝適応応答(metabolic reprograming)の基軸とされていたが,ここにもNAD worldなるパラダイムシフトが近年発信された。NAD/NADH比ではなく,NAD量自体を上昇させれば,その下流のNAD依存性酵素であるサーチュインやPGC-1αが活性化し,腎ミトコンドリアが保護されるという新知見である。NAD量増加の効果について,ParikhらはAKIの抑止を実証し4),筆者は糖尿病性腎症の有望性を示してきた (長谷川.Nat Med. 2013,大島賞.2017,Sci Rep. 2018,Cell Rep. 2019,AMED 2020新規採択)。PKM2と異なりNADはAKIを悪化させない4)ため,NADとNAD代謝物はDKDの有力な創薬候補である可能性が高い。ただし,NAD自身は細胞膜通過性に乏しく,NADHに還元されるなど分解されやすく,比較的大分子であるため,創薬標的としてはリピンスキーの「ルール・オブ・ファイブ」に該当しない。後述するが,細胞膜透過性に富み,小分子であるニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)はこれを克服する有力な創薬候補である。本稿では,①DKDにおけるNAD減少の機序を今一度総見し,②NMNやサーチュイン(Sirt1)がNAD減少を克服するDKD創薬候補たる根拠を述べ,③NMNやサーチュイン創薬のため今後超えるべき壁と展望の3点を主に述べる。「KEY WORDS」サーチュイン,NAD,NADH,NMN
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