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はじめに
パラスポーツは,戦傷軍人のリハビリテーションにその起源をもつ.車いすバスケットボールは,イギリスとアメリカに同時期に生まれた.イギリスでは1944年にルードウィッヒ・グットマン博士がストークマンデビル病院に脊髄損傷センターを開設し,スポーツを治療・リハビリテーションの手段として導入した 1).グットマン博士は車いすネットボールやポロ等の競技を取り入れ,1948年のロンドンオリンピックに合わせてストークマンデビル車いす競技大会を開催した.この大会が後のパラリンピックへと発展し,ストークマンデビル病院はパラスポーツの聖地として知られている 2).一方,アメリカでは1946年にカリフォルニア州バーミングハムの退役軍人病院において,脊髄損傷を負った退役軍人が車椅子でバスケットボールをプレーし,1949年に全米車いすバスケットボール協会(NWBA)が設立された.1955年の国際ストークマンデビル大会にアメリカチームが参加したことで両国の流れが合流し,ストークマンデビル大会は後にパラリンピックへと発展した.車いすバスケットボールは初回大会から実施されている中心的な競技である.現在では世界で約100,000名の選手が車いすバスケットボールに参加しており 3),日本国内では日本車いすバスケットボール連盟(JWBF)に72チーム,男子630名,女子128名の計758名の選手が登録されている(2026年4月1日現在) 4).近年の競技レベル向上に伴い,傷害予防や二次的障害への対応を含むメディカルサポートの重要性が高まっている.
筆者は2012年より車いすバスケットボールの医科学サポートに携わり,2019年からはJWBF医事委員として,日本代表選手を中心にメディカルサポートを行ってきた.特に女性パラアスリートのサポートでは,①競技そのものを知る,②選手の原疾患・障害像を知る,③包括的なサポート体制を構築する,という3つの視点が不可欠であると考えている.本稿では,これらの視点に基づき,車いすバスケットボール選手に対するメディカルサポートの実際について解説する.

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