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はじめに
「脂肪乳剤を中心静脈栄養(total parenteral nutrition:TPN)輸液ラインに側注の形で投与してもよい」との考え方は,2013年,金沢市で開催された第28回日本静脈経腸栄養学会の一般演題で「脂肪乳剤の投与方法-TPN輸液ラインに側注することに問題はないのか?」として発表したのが最初です.ちょうど10年前のことです.当時は,日本静脈経腸栄養学会の全盛期だったからかもしれませんが,この発表をした一般演題の会場は満席以上だったと記憶しています.多くの方が興味をもってこの演題を待っていてくれたのだと思いました.
少し,私自身の歴史を紹介する必要があります.私は1984年から,大阪大学第一外科のIVH研究室(以下,IVH研)に所属し,大阪大学医学部附属病院全体のTPN管理にかかわることになりました.内科,小児科,ICUなどからも依頼を受けて,TPN管理を行っていました.カテーテルの挿入・管理,輸液ラインの交換,ドレッシング交換,栄養評価,輸液組成の決定・変更,などが主な業務です.この頃はTPNのことをIVH(intravenous hyperalimentation)と呼んでいました.IVH研の方針で,TPNにおける感染予防のために非常に厳格な管理が行われていて,TPN輸液ラインからの側注はほぼ禁止でした.各科の主治医が側注をしたいと考えても,IVH研の許可が必要でした.脂肪乳剤投与の指示もIVH研が出すのですが,「脂肪乳剤は,TPN輸液ラインとは別に末梢静脈ルートを作成して投与する」方法でした.しかも,この頃のIVH研の脂肪乳剤投与に関する方針は「エネルギー源としてではなく,必須脂肪酸欠乏症予防のためで,TPN開始後1カ月に達した場合に投与する」でした.私は,当時のIVH研では責任者ではなかったのですが,末梢静脈ルートをわざわざ脂肪乳剤を投与するために作成することに対し,何とかならないものか,と考えていました.明確な理論的根拠があったわけではなく,患者さんがかわいそうだ,末梢静脈ルートを作成するのは面倒くさい,患者さんに痛みを与えるから,という感じの理由からでした.
ちょうどその頃,1987年ですが,カテーテルと輸液ラインの接続部における汚染リスクに注目し,カテーテル感染予防を考えて,I-systemを開発しました1).無菌的に接続できる器具として,でした.同時に,TPN輸液ラインに側注する方法としてもI-systemは有効だと考え,抗生物質や輸液を側注するY字管にもI-systemを取り入れていました.そうすると,脂肪乳剤も無菌的に接続して側注できると考えるようになります.1988年からは,TPN輸液ラインに側注の形で脂肪乳剤を投与する方針を採用しました.その後,ずっと,脂肪乳剤はTPN輸液ラインに側注して,TPN輸液と並列で投与すればよい,との考えで投与していました(図1).
1989年から,米国のDuke University Medical Centerに留学,グルタミン輸液の実験をしながらNSS(nutrition support service:日本のNSTとはシステムとしては異なり,栄養管理に関する専門チームで,薬剤師,看護師,管理栄養士が専属であった.私はこのNSSのディレクターの研究室に所属して,実験および栄養管理にかかわっていた)に所属して,米国における栄養管理の実際,最先端のNST活動を学びました.脂肪乳剤はもちろん積極的に使用していました.3-in-1方式で,グルコース,アミノ酸,脂肪乳剤を一つのバッグに収納して投与する,という方針でした.グルコース,アミノ酸,脂肪,電解質,ビタミン,微量元素を,薬剤部で無菌調製したものを投与していました.私が留学から帰国した1993年には,欧米ではすでに,トリプルバッグが市販されていましたが(図2),病院の薬剤部で無菌調製する方式が主流でした.
帰国後は,大阪府立病院(現在の大阪急性期・総合医療センター),大阪大学第一外科,日生病院(現在の日本生命病院),川崎病院で外科医として勤務しました.TPN症例,末梢静脈栄養(peripheral parenteral nutrition:PPN)症例では脂肪乳剤を積極的に使用し,すべて,TPN輸液ライン,PPN輸液ラインに側注の形で投与していました.
この頃は,臨床栄養の領域も非常に活発で,あちこちで栄養管理に関して講演する機会に恵まれ,静脈栄養に関しては,脂肪乳剤を積極的に使用するべきだとの方針で講演していました.質問もたくさん受けました.講演のたびに,とくに,脂肪乳剤の投与方法についての質問が多かったように記憶しています.その内容は,「TPN症例に対して脂肪乳剤を投与するためには,末梢静脈ルートを作成しなければならないのですか?」,「TPN輸液ラインに側注してはいけないのですか?」など,現在と同じようなものでした.その都度,「末梢静脈ルートがあればそこから脂肪乳剤を投与すればよいのです.しかし,脂肪乳剤を投与するためにわざわざ末梢静脈ルートをとる必要はありません.TPN輸液ラインがあるのなら,そこに側注の形で投与すればよいのです.私は,何十年もこの方法で脂肪乳剤を投与していますが,何の問題もありません」と答えていました.実際は,「TPN輸液と脂肪乳剤を混合しておくことには問題がある.つまり,脂肪粒子が凝集するおそれがあるが,側注する程度で脂肪乳剤の粒子径が変わるはずがない.なぜなら,それにはある程度の時間がかかるはずだから」と考えていました.
「TPN輸液ラインに脂肪乳剤を側注することは,一時的ですがTPN輸液と混合することになりますよね.脂肪乳剤の添付文書には『本剤に他の薬剤を混合しないこと』と記載されていますが……」とのコメントに対しては,「私の経験ですが,何も問題はありません.30年以上,この方法で脂肪乳剤を投与していますが,問題は起こっていません.大丈夫です」と答えていました.とにかく,脂肪乳剤を使用するべきである,との認識を普及させなくてはならないと考え,脂肪乳剤をTPN輸液ラインに側注することには問題はないはず,と単純に考えていました.また,一方では「薬剤師さんが『脂肪乳剤はTPN輸液と一緒に投与してはいけない.粒子径が変わるから.添付文書にも“本剤に他の薬剤を混合しないこと”と書いてあります』と言って,どうしても側注させてくれないんです」という話を,研修医や看護師さんからよく聞きました.
私は,もともとは,脂肪乳剤に関しては専門家でも何でもなく,静脈栄養を有効に行うためには脂肪乳剤に関する知識も必要だ,という程度の認識をもった医師でした.静脈栄養の管理,とくに,カテーテル管理については,私自身はライフワークと思っているので,その関係で脂肪乳剤の投与についてちょっとした専門家気取りであった,そんな雰囲気であったのは間違いありません.偉そうに,「脂肪乳剤はこうして投与するのです」と指導できる立場ではなかったと,いま振り返るとそう思います.
あるとき,「その程度の私が,経験的にではあるが『脂肪乳剤を側注しても大丈夫』と発言するのは,この領域で指導的立場にある者として,また,医学者(科学者)としていい加減すぎる」と気づきました.臨床栄養の領域にもエビデンスが必要だと主張している者として,「経験だけで『脂肪乳剤は側注しても問題ない』と指導する」のは,よくない.そう気づいたのです.
そこで,こういう実験の専門家である,当時の味の素製薬株式会社創薬研究所の方々とともに実験し,論文2)を執筆することになったのです.
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