- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
小児期逆境体験
小児期の健全な発達の過程に逆行するような有害な体験を小児期逆境体験(adverse childhood experiences:ACEs)とよぶ.1995年から始まった米国での大規模追跡研究(ACEs Study)によってACEsが被害者のその後の人生に大きな悪影響を与えることが明らかになってきた1,2).ACEs Studyで取り上げられる体験は当初は虐待のほか,家庭内での面前DV・家族の精神疾患・家族の物質濫用・家族の犯罪行為などの家族の機能不全であったが,後にWHOはACEsの調査項目をACE-IQ(ACE International Questionnaire)としてまとめ,自然災害被災やいじめ被害なども含まれるようになった.ACEs Studyによると,ACEsから生じるトラウマは神経系の正常な発達を阻害する.そしてそのことが原因となり,社会認知や自己認知に悪影響をもたらし,その生きづらさから健康を害するような行動(暴飲暴食,暴力,自傷,アルコールやドラッグの不適切摂取,性的逸脱,反社会的行為など)でコーピングすることが多くなり,その結果,心身の疾病罹患や社会不適応を起こすようになる.ACEsはPTSDをはじめ,うつ病や不安障害,精神病症状,薬物の乱用などの精神科的問題のみならず,慢性身体疾患のリスクも高めることが判明している.そして,これらの罹患リスクは逆境体験数に比例することも明らかとなっている.そして最終的にはACEs体験が多くなると,非体験群に比べて疾病や自殺のために早逝する可能性が高まることもわかっている.6つ以上のACEsを体験した群の平均死亡年齢が61歳であったのに対して,まったくACEsを体験していない人の平均死亡年齢は79歳であることが判明しており,約20年の早逝であることがわかる.ACEsは体験者の心身に中長期にわたって負の影響をもたらすだけでなく,本来その人物が生み出すはずであったさまざまな価値を失わせ,なおかつ多額の社会保障費の増大を招く.これらを未然に防いだり,早期に適切な介入をしたりすることは社会全体にとっても喫緊の課題であり,そのためにも法律の整備が必要となっている.

Copyright © 2025 Ishiyaku Pub,Inc. All Rights Reserved.