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物理学,奇跡の年
1905年は物理学の奇跡の年(Annus Mirabilis)と言われている。アルバート・アインシュタイン(1879〜1955)が,この1年の間に,4本の論文を発表した(表1)。これらの論文は,量子力学,熱・統計力学,相対性理論など現代物理学のすべてを網羅する内容で,1人の人間が1年間でこれほどの業績を残すことはまさに奇跡的であった。この時のアインシュタインは博士号を持たないアマチュアの研究者であった(なお,1905年には博士論文も提出している)。本職はスイス特許庁の3級技術官であり,結婚もして1歳になる息子もいた(図1)。アインシュタインの論文はただちに評価されたわけではなく,1905年以降も特許庁で業務をこなしながら研究をしていた。しかし,徐々にアインシュタインの仕事は評価され,名声は高まった。奇跡の年から4年後の1909年,特許庁を退職し,チューリッヒ大学に所属を移した。アインシュタインはその後も研究所,大学などで活躍し,一般相対性理論を完成し,統計力学,量子力学の理論的発展にも大きく寄与した。アインシュタインというと思考実験が有名で実験よりも理論のイメージが大きい。しかし,もともと技術志向の強い人物であった。アインシュタインの父ヘルマンは電気機器を製造する会社の経営者で,叔父のヤコブは専門技術者であった。ヤコブは幼少のアインシュタインが大人も悩む技術的問題を短時間で解決する姿を見て,特別な才能を感じたという1)。出身大学もチューリッヒ連邦工科大学であり工学系である。アインシュタインは特許庁を退職した後も,理論物理学の研究だけでなく,企業の発明コンサルティングをしていた。さらに自ら発明者となり特許を取得することもあった。その発明の中には補聴器もあった。本稿ではアインシュタインと発明・特許とのかかわり,特に補聴器にかかわるものを取り上げていく。

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