特集 ゲノム編集技術の基礎と応用
3.胚のゲノム編集とヒトにおける倫理的課題
高橋智
1
Satoru Takahashi
1
1筑波大学 医学医療系 トランスボーダー医学研究センター/生命科学動物資源センター 教授
pp.1039-1043
発行日 2018年6月30日
Published Date 2018/6/30
DOI https://doi.org/10.20837/52018071039
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遺伝子改変動物は,医学・生命科学研究において必須の実験動物であるが,その作製には安定した技術と比較的長い時間が必要であった。特にゲノム改変を行うためには,胚性幹細胞(ES細胞)を用いた相同遺伝子組換え,ES細胞を用いたキメラ動物の作製が必要であり,ES細胞が得られない動物では,基本的には作製が難しかった。しかし,CRISPR/Cas9システムに代表されるゲノム編集技術が開発されると,動物の遺伝子改変は受精卵(胚)での改変が可能となった。受精卵さえ得られれば,原理的にはヒトを含めた多くの動物で遺伝子改変が可能となり,状況は革命的に変化したと言える。実際に,ヒト受精胚を用いたゲノム編集の基礎研究が既に報告されている。いずれも倫理審査委員会の承認を得て,国の規制を遵守しながら,培養期間をごく短期間に限定するなどの倫理的な配慮をしながら行われたものであったが,その臨床応用について国際的な懸念や論争を呼んだ。2015年に開催された「International Summit on Human Gene Editing」や,2017年に日本学術会議で取りまとめられた「我が国における医学・医療領域におけるゲノム編集技術のあり方」についての提言でも,「ゲノム編集を伴う生殖医療の臨床応用に関する暫定的禁止を含む厳格な規制」が提言されている。ヒト胚に対するゲノム編集の臨床応用を実施することは,多くの科学的・医学的問題点が残されていると同時に,倫理的および社会的な議論は十分なされておらず,現在はヒト胚に対するゲノム編集の臨床応用を実施できる状況にないと考えられる。