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内科力。造語ですが,私が感染症診療で大変お世話になっている先生から聞き,感銘を受けた言葉です。内科医に求められる重要な技量,力量,それが「内科力」。外科医は専門分野に特化した手術手技と技量が求められ,それを外科力と言うのであれば,内科医は向き合う患者の病態の「見立て」と診断能力が求められ,それを内科力と呼ぶ。実に面白い概念だと思いました。この先生は,感染症科医として総合診療現場の第一線で実務および後輩の育成に勤しむ合間に,若い先生方に向けた重要なメッセージを込めた教本を世に出し,感染症診療の基本と実践を示す地道な啓発活動を行っております。 この先生を招いて,「検査・画像に頼らない感染症診療と対策 -ICDはどう対処すれば良い?」のテーマで2016年11月のInfection control doctor(ICD)講習会を企画し開催する機会に恵まれました。 具体的な症例提示と考察を一部ご紹介します。① 髄液中の白血球数増多を示さない超急性期の細菌性髄膜炎。熱発と意識障害があり,髄膜炎を疑って髄液検査したが,髄液中の白血球数増加はなく,糖の値は正常。しかし,身体所見と臨床経過から細菌性髄膜炎が強く疑われるため抗菌薬治療を開始したところ,解熱し意識が改善。フォローアップの髄液検査ではじめて髄液の白濁所見と著明な白血球数増加を認め,細菌性髄膜炎であることが後で判明した。② 熱発しているが,白血球数やCRP(C反応性タンパク)値上昇をともなわない症例。熱型と中心静脈カテーテルの留置期間が長いことからカテーテル関連血流感染症を強く疑い,カテーテル抜去したところ解熱し状態は安定した。③ 左下肢の蜂窩織炎で独歩来院した男性で,致死的経過になる前に外科へ紹介し壊死性筋膜炎から救命できた症例。白血球数上昇は軽度だが蜂窩織炎にしては痛みが激烈で診療中に違和感を抱いたので外科に紹介し,試験切開したら腓腹筋筋膜が真っ黒に壊死を起こしていた。激烈な疼痛症状から深部の筋膜・筋層の壊死が進行していると疑って対処したのが正解だった。画像や検査データを過信せず,病歴・臨床経過や身体所見に基づく臨床推論が重要であった数々の症例と考察を,会場の諸先生方と共有することができました。 感染症診療とは,検査・画像に頼らず,目の前の患者の話を聞き,患者がどのような問題をもっているか把握し,身体所見を詳細に取って感染部位を想定し,免疫状態を正確に評価しつつ原因微生物を迅速かつ正確に想定するワークアップであり,「内科力」が求められる。感染症に興味をもつ若い先生方に,どうすればこの「内科力」を鍛え,身に着ける教育を提供できるか意見交換しました。抗菌薬・抗真菌薬等の適正使用は,正しい感染症診療の思考プロセス,そのためには「内科力」が不可欠。多忙な日常診療で,やみくもに抗菌薬を開始し,治療終了の時点も判断できないままCRPの数字に常に翻弄されるといった「なれあい診療」や「戦略性をもたない診療」にならないよう指導する。我々シニアの感染症医がこの講習会で伝えたかったことを,少しでも医療現場で,あるいは本誌のような医学雑誌で症例を提示し,ともに考え,伝えていく地道な努力をしていくしかないと感じました。