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治療薬物モニタリング(あるいは「薬物血中濃度モニタリング」とも呼ばれるTherapeutic Drug Monitoring:TDM)は,患者一人ひとりへの用量・用法を最適化する技術,あるいは個人差の克服を目指した技術として発展してきた。血液中の薬物濃度が当該患者に至適と判断された治療域に保たれているか否かを確認し,その後の投与計画について,現状維持とするのか,投与量・投与タイミングの微調整を行うのか,あるいは投与中止・薬剤変更とするのかを判断するための数値情報として貴重なツールのひとつである。日常診療においては,抗てんかん薬や免疫抑制薬など,一部の薬物で積極的に活用されている。 現在,感染症治療の領域では,グリコペプチド系(バンコマイシン,テイコプラニン)やアミノグリコシド系(アミカシン,ゲンタマイシンなど)の抗生物質,トリアゾール系抗真菌薬のボリコナゾールが,特定薬物治療管理料の対象薬物,すなわち保険診療の一環として扱われている。「有効血中濃度(域)」という指標はあるが,得られた数値に対する評価は薬物や病態によってさまざまであり,画一的な解釈は好ましくない。当初目標とする血中濃度域はガイドライン等で提示されている数値幅でよいが,本来は当該患者の容態と照らし合わせて個々に適した治療域を設定するのが望ましい。当然であるが,それぞれの薬物動態,効果・副作用発現および,その的確な診断法等についても十分な理解が必要である。 「有効血中濃度(域)」とは,相当数の症例において効果があり,副作用の重度や頻度が限定的とされる濃度域を指す。感染症治療の領域においては,感染巣への薬物の移行性や細菌(または真菌)の薬剤感受性を念頭に,十分に高い目標薬物濃度の設定が必要である。血中濃度(投与量)の不足は治療の失敗を表し,耐性菌を生み出す温床となる危険性が高いため,漫然とした使用はもっとも避けるべきである。 アレルギー性の副作用とは異なり,用量依存的な副作用発現が認められる場合には,血中薬物濃度の測定は,薬理効果の確保と同時に副作用の重篤化を回避する目的にも有用である。ただし,一律的な評価と判断はTDMそのものの「個別化」という意義を損なうため避けるべきであり,一例一例について詳細な観察と評価がなされるのが望ましい。 感染症に限らず,TDMを中心とした個別化薬物治療の実際については,最近,日本TDM学会が諸領域の代表的な医学会と共同で標準化ガイドラインを刊行している。感染症治療の領域においても日本化学療法学会と共同で出版されているため,採血のタイミング,量,検体の保管,測定法,得られた結果の解釈などの詳細についてはそれを参照願う。これまでの膨大な臨床経験を糧に,一部の薬物についてTDMという個別化の技術が確立され,高い確率で適正使用が可能となったことは,今後の新薬に対する対応の見本としてもきわめて有望と考えられる。