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はじめに
不妊症とは,“生殖年齢の男女が妊娠を希望し,ある一定期間,避妊することなく通常の性交を継続的に行っているにもかかわらず,妊娠の成立をみない場合” とされ,この “一定期間” とは一般的には1年で,妊娠のために医学的介入が必要な場合は期間を問わないとされる1)。現代の日本のカップルの5.5組に1組が不妊症であり2),生殖医療を必要とするカップルは増加していると推測されている。排卵のタイミングに合わせて精製した精子を子宮内に注入する人工授精,超音波モニタリング下に採卵術で卵子を採取したのち体外培養液中で卵子と精子を受精させ発育した受精卵(胚)を子宮内に戻す生殖補助医療(体外受精/顕微授精,胚移植)は不妊治療のなかで中心的なものになっている。体外受精・胚移植は英国のロバート・エドワーズ博士が1978年に世界で初めて成功させ,この業績によりノーベル生理学・医学賞を受賞した。国内では,1983年に東北大学で体外受精・胚移植が成功し,日本初の体外受精児が誕生している。また1990年代になると,精子を直接卵子に注入することで受精を促す体外受精の方法として行われる顕微授精の技術が確立し発展した。このように生殖補助医療は,その技術の進歩によって不妊治療の中心的地位を確かなものにしたといえる。その結果,国内の生殖補助医療の実施件数は,2019年には年6万件を超えるまでに増加し3),2021年の統計では新生児の11.6人に1人が生殖補助医療により誕生している4)。
生殖医療における麻酔法の利用の機会としては,生殖補助医療のなかで卵子を採取する過程である採卵術の際の麻酔が挙げられる。採卵は通常,日帰り診療として行われ,17-22Gの採卵針を用いてエコーガイド下で経膣的に卵巣を穿刺し卵子を採取する。通常は採卵後2-3時間で帰宅するため,局所麻酔あるいは静脈麻酔を使用している施設がほとんどである。局所麻酔としては,リドカイン,メピバカインなどを用いて傍子宮頸管ブロックが行われる。静脈麻酔では,ケタミン,ミダゾラム,プロポフォールなどによる鎮静が行われている。用いる採卵針が太い場合によりいっそう採卵時の疼痛が強いとされるため,太い採卵針を用いる施設では静脈麻酔を行う傾向がある。麻酔によって適切に採卵時に鎮痛を行うことは,不妊女性の肉体的負担に対する対策として重要である。
国内では生殖医療が行われるようになってから2021年度まで,人工授精も生殖補助医療も自由診療で行われてきたという歴史的経緯がある。生殖補助医療を受ける不妊症患者の経済的負担を調べた厚生労働省の2020年度調査では,生殖補助医療1周期あたりの費用として,採卵・新鮮胚移植・妊娠判定までの一連の治療で体外受精の場合は約40万円,顕微授精の場合は約45万円がかかり,採卵・凍結融解胚移植・妊娠判定までの一連の治療で体外受精の場合は約54万円,顕微授精の場合は約61万円がかかることが報告された5)。不妊症患者に対する経済的支援として,2004年に生殖補助医療に対する公的助成制度が創設され,さらにそれに加えて2020年9月には生殖医療の保険適用拡大という政府の方針が打ち出された。この政府の方針が出された時点で生殖補助医療に関する診療ガイドラインはなかったため,2020年12月より日本生殖医学会を中心にエビデンスと診療実態に基づいた「生殖医療ガイドライン」作成を行い2021年11月に刊行した。厚生労働省による保険制度設計は生殖医療ガイドラインに基づいて進められた。生殖医療に関する医薬品には未承認薬・適応外薬が多く,限られた短期間内での医薬品の承認申請のために国内での使用実態調査などの不足情報を補う最大限の努力を行って日本生殖医学会から厚生労働省へ要望書が提出された。結果として,医薬品の多くが保険診療で使用可能となり,2022年度から人工授精と生殖補助医療を含む生殖医療の保険適用拡大が実現した。今後の課題として,生殖医療に係る医療費を負担する国民全体の理解を得るために,アウトカムの可視化・明確化などの努力が必要とされている。本稿では,今回の生殖医療の保険適用拡大にあたり,日本生殖医学会を中心としてアカデミアがその過程で行った作業や今後の課題を中心に述べる。
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