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整形外科を好きな理由
大関 覚
1
1レイクタウン整形外科病院名誉院長
pp.286-286
発行日 2024年3月1日
Published Date 2024/3/1
DOI https://doi.org/10.15106/j_seikei75_286
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北海道大学の学生だった頃,日本海でヨットに乗せてもらっていた.闇夜のセーリングは恐ろしい.嵐が連れてきた大きなうねりが小さなセールボートを弄ぶ.月明かりのない空は星も雲に厚く覆われ,海と空が溶け合う漆黒の世界だ.足の裏に感じる重力で,自分の姿勢を確認する.風上に帆走するため,絞り込んだジブセールと頬を削ぐように走る風と雨を頼りに舵を引く.うねりを滑り降りながらラダーを全力で引き,風上に切り上がろうとする艇を必死で押さえ込む.波頭から艇が飛び出すと自由落下で急に体が浮き,うねりの底に叩きつけられる.ぼんやり浮かび上がるコンパスの揺れるメモリは北北西に走っていることを示している.北海道の西側の沿岸を走っているはずだから,岸に近づいているはずはないのだ.一瞬,雲が切れて仰角70°の上空に星が現れる.雲間の下の漆黒は「そそり立つ岸壁か?」と背筋が凍る.「予想以上に岸に流されていたかも知れない」と暗闇は自信を打ち砕き,不安を膨らませ,恐怖の妄想をかき立てる.強風が厚い雨雲を吹き飛ばせば,高気圧の中の快晴だ.満天の星々と天空を横切る天の川が,自分が銀河系の果ての地球表面を風を切って帆走していることを実感させてくれる.この瞬間,私は今という時空に命を燃やす確固たる存在なのだ.宇宙との一体感が不安を払拭する.
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