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昆虫や魚などが花,葉,海藻などに姿形を似せて天敵から逃れたり,逆に餌をおびき寄せたりする現象は擬態と呼ばれ,誰しもどこかでお目にかかったことがあるであろう.それにしても見事なまでに擬態した昆虫などの写真を見るたびにどのようにしてそれが可能なのか? という素朴な疑問をいつも持ち,早くそのメカニズムを解明したいと思ってきた.多くの擬態した生物は,その形態などが遺伝するので,どのように擬態するかはゲノム情報に書き込まれているはずである.擬態していない生物のゲノム情報が,進化の過程で変化して擬態したことは間違いのないことであろう.多様な生物の中から自然淘汰というメカニズムだけで果たして,擬態した生物は誕生するのであろうか?といつも単純に思い,何かまだ知られていないメカニズムがあるのかもしれないと勝手に空想している.しかし,一般的には,我々の想像を絶する長い長い時間の中で,ほんの少しのゲノムの変化の積み重ねにより,現在の生物に進化してきたと考えるのが妥当で,決して擬態だけが特別ではないのであろう.いずれにしてもゲノムのどのような変化が擬態と関係しているかを調べればヒントは得られる.最近のシークエンサーの革命的進歩によりゲノム配列の比較が可能となり,擬態した昆虫についてもゲノムの比較データが数年以内に得られるであろう.実際,擬態した蝶についてはかなりの情報が得られてきている.擬態した蝶の翅の模様を作り出す遺伝子領域が同定され,スーパー遺伝子座と呼ばれている領域(遺伝子組換えの頻度が少なく,遺伝子群がまとまって次世代に伝えられる染色体領域)に存在していたことなどが報告されている.したがって,ダイナミックなゲノムの変化による既存の形態形成に関与する遺伝子の組み合わせの変化が擬態に関与していることは間違いないであろう.それでは,そのような変化を人工的に発生させ,長い間かかって生じたゲノムの変化を実験的に再現できないであろうか? 擬態のメカニズムを解明するためには,ゲノムのダイナミックな人工的な編集技術の開発が不可欠である.もちろん擬態だけでなくすべての生命の研究に関係する.その意味で,本特集のゲノム編集技術は今後の生命科学の発展を左右する重要な技術であり,さらに飛躍的に発展させなければならない.いずれはヒト疾患の治療に応用されるであろうが,意外に早いかもしれない.
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