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はじめに ―「人生の午後」を生きる
カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung,1875 ~ 1961)は,人間の一生を 一日の太陽の動きになぞらえて,少年期・成人前期・中年期・老人期の4段階に分けた. 成人前期と中年期の境目である40歳を「人生の正午」と定義し,とくにこの転換期を「危 機の時期」とした.いわゆる「中年期の危機」である*1.
「一回限りの人生を生きる個人にとって,正午の絶頂から午後の下降を前もって実感を込めて知 ることはできない.人生の午後にいる人間は,生の縮小を強いられるのだということを悟らな ければならないのである.そして,自己に対して真剣な考察を捧げることが,義務であり必然 だとユングはいう. 人生の午後は,午前と同じプログラムで生きるわけにはいかない時期なのである.人生の午 後の課題は,自己に対する真剣な考察を捧げ,人生の前半で排除してきた自己を見つめ,自己 のなかに取り入れることである.ユングは,このことを個性化と呼んだ.中年期の転換期では このように,生き方や価値観の転換をしなければならないのである」 (鈴木乙史,佐々木正宏(編著):人格心理学.放送大学教育振興会)
「(前略)人生の後半においてユングが重視したのは,目的感の意識である.死の接近が人生後半 では現実となる.究極的には,自己受容,自然な充実ないし開花,そして,自身の潜在力に沿っ て満足のいく生を送れたという感覚,などの度合いがここで問題となる(個性化)」 (アンドリュー・サミュエルズ,他(著),山中康裕,他(訳):ユング心理学辞典.創元社)
要するに,成人前期までの時代を振り返り,受け入れつつも修正し,自らが大切にして いる価値観や人生の目的に気づいて「自分だけの人生(=個性化)」を歩めるかどうか.本当 の意味で「自分自身の人生の当事者」になれるかどうか.それが「中年期の危機」を乗り越 え,「人生の午後」をはつらつと生きるための要件であるようだ. ちなみに,ユングのライフサイクル理論における「中年期」が40歳からどこまでを指すの かは言及されていないようだが,エリク・ホーンブルガー・エリクソン(Erik Homburger Erikson,1902〜1994)の心理社会的発達段階の定義を借用すると,「壮年期」は40〜 64歳を指し,「老年期」は65歳以降を指すようである.ユングの「中年期」をエリクソン の「壮年期」,同じくユングの「老人期」をエリクソンの「老年期」と比定してもそれほど誤 差はないように思えるので,本稿の主題である「壮年期を考える」にあたっては,仮に壮 年期を「40〜64歳」と定義して話を進めることにする. つまり,54 歳の磯野波平さんはまだまだ壮年期真っ只中の人,仮に「人生の正午」を 50歳とする新説の立場をとるとすれば,正午をちょっと過ぎたくらいの人ということに なる.着物を着て,一人称は「わし」と言っているが,壮年は壮年である.
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