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はじめに
私の看護実践は,内分泌代謝科と血液内科の混合病棟から始まった.ここで,初めて,糖尿病患者と出会った.その後,内科系病棟を中心に臨床看護の実践が積み重なっていく中で,「糖尿病のような慢性疾患患者への看護を専門的にやっていきたい.看護の出番がある」と思い,大学院へ進学した.
大学院では,もう一度,糖尿病患者と向き合うことにより,15年の臨床経験がありながら,まったく患者の苦悩が分かっていなかった自分と出会った.糖尿病患者が願うものは何かを模索するところから,始めなければならないということに愕然とした.私の中には何も無い.そんな感覚を抱いた.
毎日,田んぼに行って農作業をしている糖尿病の女性は,足が農作業でどろどろになるので,帰りは,洗った長靴を乾かしがてら手に持って素足で農道を歩くと言った.「歌を歌いながら!」.気持ちよさそうな姿が想像されたと同時に,素足で歩く足はどんなだろう? 痛くないのか,けがしないのか?という気がかりが浮かんだ.それを問いかけると,「痛い? けが? そんなこと考えずに歩いてた.長靴は一つだから洗ったら乾かさないといけないし」と返事をした.自分の足よりも長靴を大切にしているところがユニークだ.その後,その人は,足を引き寄せ,靴下を脱いで私に足を見せた.先っぽと足の裏が赤く,ガサガサしていて,硬い皮膚.触ると冷たかった.「やだよ,こんなに足を見てもらったのは初めてだ.恥ずかしい」と自分でも足をさすって,ちょっと泣いた.長靴と同じくらい(本当は長靴以上に)大事な自分の足を思い出した瞬間のように思った.足も長靴も両方大切にしていく方法を話し合った.
入院を勧められている体格の良い運転手の男性は,忙しいのを理由に断っていた.入院したって変わらないとも言った.入院は高血糖の罰であるかのような捉え方で,気持ちも,からだも忙しく固まっているように思った.首のストレッチや,深呼吸を促すと,「いてて」と言いながら,一緒に私のまねをしてやってくれた.固まっているからだを自覚した.これからも仕事を続けられるように,今,頑張っているからだを休め,薬の力も借りて,血糖コントロールを良くする“リセット”の入院をしてみませんか?というこちらの提案に彼は頷いた.
今も忘れない,糖尿病看護の可能性に手ごたえを感じた大学院での演習の体験である.
今回の学術集会のメインテーマ「今こそ,五感を使って身体に働きかける〜響き合い,互いの可能性を拓く〜」を礎に,本稿では,患者も看護師も互いの可能性を拓く看護実践とはどのようなものなのかを考えてみたいと思う.
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