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はじめに
腰痛は日本で有訴率の第1位2),米国で就労困難となる症候の第1位を占め8),全労働人口の1%が腰痛のために就労できずに苦しんでいる1).腰痛による経済損失は米国だけでも年間1,000億ドルに達しており,腰痛は早急に解決すべき世界的な健康問題である5).腰痛の原因は多岐にわたり,約85%の症例で特定が困難とされるが6),双生児の大規模疫学調査から脊椎の椎間板変性は難治性腰痛の独立した危険因子であることが判明している16).椎間板は脊椎の支持性,可動性と衝撃緩衝性に寄与する線維軟骨組織である25).椎間板変性の発生機序はいまだ明らかではないものの,「炎症」を基盤とした外傷性・退行性変化が椎間板構造の破綻や機能の喪失を生じ21),腰痛を惹起し得る21,25).さらには,周囲の神経組織を刺激することで四肢のしびれや神経痛,運動麻痺,間欠跛行,さらには膀胱直腸障害といった重篤な障害を生じ得る25).現在,変性椎間板に対する最終的な治療には切除・固定などの手術療法を要し22),結果的に椎間板を破壊して本来の機能を失うこととなる.したがって,椎間板組織や機能が温存可能な,新たな細胞生物学的治療法の開発が急務である.
脊椎椎間板は中心の髄核を周囲の線維輪が取り囲み,軟骨終板で椎体と隔てられた特徴的な三次元構造を取る(図 1)25).その解剖学的特殊性から,椎間板は健常時には内部に血管が存在しない人体最大の無血管組織であり,栄養供給の大部分を椎体からの拡散に依存しており26),加齢や喫煙などに伴う軟骨終板の硬化・石灰化により容易に栄養不足に陥る.実際,変性椎間板は低栄養,低酸素,強酸性,高浸透圧に特徴づけられており,「低栄養」は椎間板変性の主たる契機として知られている26).このことは,椎間板が細胞増殖のための材料に乏しく,修復・再生にきわめて不利な組織であることを示唆している.事実,椎間板は身体で最も早く変性する組織の1つであり25),栄養条件のより厳しい髄核で線維輪よりも早期に変性が進行する4).さらに,椎間板の発生学的特徴として髄核における脊索由来細胞の存在が挙げられる9).ヒト椎間板髄核の脊索由来細胞は変性に関連して表現型を失い,軟骨様細胞へと置換され19),11〜16歳以降ではほとんどみられなくなる4).椎間板変性の代表的な所見である「アポトーシス(細胞死)」も11〜16歳以降で顕著となり4),「セネッセンス(細胞老化)」も加齢や変性とともに増加する7,14).細胞外基質の分解産物も同年代より増大する3).以上より,「炎症」「低栄養」「脊索由来細胞」などの椎間板の特殊な微小環境を熟知し,「アポトーシス」「セネッセンス」といった恒常性維持機構への理解を深めることが,細胞生物学的治療法の確立に重要である.
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