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はじめに
人間の多様な身体運動は,多くの骨格筋の協調的な活動によって成立している.具体的には,多数の骨格筋の活動が時空間的に組み合わされることによって表現される.手指の運動を例に考えてみると,ヒトの手がもつ多様な表現能力は,手指筋27種類の活動のさまざまな組み合わせ,またその組み合わせパタンの経時的変化で説明することができる.また,手の運動を成立させるには,身体全体で手の運動を支える姿勢の形成が必要であり,そのような姿勢制御についても考慮に入れた場合,必要な筋,およびその組み合わせパタンは膨大を極める.さらに,筋は関節に対して冗長である.つまり,1つの関節を動かすのにもその筋活動の組み合わせは無数に存在する.中枢神経系は,このような多くの組み合わせの中から,行動制御に適切なパタンを選択して目的とする運動を遂行していると考えられる.しかし,中枢神経系が筋骨格系のもつこの膨大な冗長自由度を制御する機構は明らかでない.
この冗長性制御の機構として,Bernstein 1)は半世紀以上前に「筋シナジー仮説」を提唱した.つまり,筋の組み合わせには基本単位があり,中枢神経系は個々の筋でなく,その基本単位の組み合わせを制御することによって計算負荷を下げているという考えである.近年,d'Avellaら 4)は,中枢神経系は運動に必要な筋活動パタンを少数の時間基底関数の重み付き線形和によって実現していると仮定した.そして,複数の筋活動信号(electromyography:EMG)に対して非負値因子分解を施し,共変動成分をもつ筋同士を同じ機能モジュールとして定義するアルゴリズムを提唱した.この「筋シナジー」は,把握運動8),姿勢制御や歩行運動など多くの身体運動や,運動の発達5),疾病による運動異常3)など身体運動の適応的変化の背景にある筋活動を高精度で説明できる.その点から,筋シナジー制御は,運動制御の基本原理の1つとして提案されている.また,ロボティックスなど人工物の制御原理の1つとしても広く用いられているが,中枢神経系がこの筋シナジーを形成する仕組みは現在まで明らかになっていない.
本稿では,協調的筋活動の制御原理の1つと考えられている筋シナジーの神経表現およびそれを用いた運動制御機構に関する現時点での理解について,筆者の研究成果をもとに解説する.詳細は,筆者らの原著論文,論文,総説2,9,10,12)を参考にしてほしい.
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