- 有料閲覧
- 文献概要
ちょうど1カ月前に携帯電話をスマートフォンに変更しました.それまでは従来型の携帯,いわゆるガラケー(ガラパゴス携帯)と呼ばれるものを使っており,職場でも,自宅でもネットにつながったデスクトップ型のコンピュータがあるので,スマホがなくてもほとんど不自由を感じませんでした.病院との緊急連絡や家族との電話やメールもでき,人に伝えたいことがあるときに最低限度の道具として役立っていました.ただ,人前で取り出したときに,周囲の若い人からまだこの人ガラケーを使っているという視線を浴びて少し気恥ずかしさを感じるぐらいでした.また,「スマホにはしないのですか?」という質問をよく受けましたが,「特に不便はないのでこの携帯で十分です」と逆に開き直って答えている面もありました.なぜかは自分でもわかりませんが,急に変えてみようかという気になりました.意味はありませんが,変えると何かしら生活が変わる気がしました.そして1カ月が経過した現時点で,電話やメールなど連絡を取る手段としては,元のガラケーと比べてほとんど変化がありません.基本料金は高くなりましたが,まだその元が取れるようなメリットを享受していません.要するに,環境は変わりましたが,その環境にまだ溶け込めず活かし切っていない状況です.人においても同様です.能力の有無にかかわらず,その周囲の環境がその人に適合しないことには実力を発揮できないということがよくあります.
月に1度,先輩方が開催される「棋整会」という囲碁の会に参加させてもらっています.子どもたちが幼い頃「ヒカルの碁」という漫画が流行り,一緒に囲碁を始めました.それからかれこれ15年近く続いています.なかなか囲碁の腕は上がりませんが,とても頭を使い楽しく打たせてもらっています.生きるか死ぬかというように勝ち負けがはっきりしている将棋と違い,囲碁は陣地取りの勢力争いです.ハンディキャップとして置石を用いることで打ち手のレベルを合わせて対戦できます.そのため勝負が一方的になることが少なく,接戦となる確率が高くなります.また,自分ばかりが続けてうまくいくことは少なく,戦いながら相手の言い分も聞く必要があります.そしてわずかの差で決着がつくため,まるで人生そのもののようで,やればやるほど奥深くておもしろい競技です.ところで,囲碁では昔から打った手順が棋譜として記録に残されてきました.江戸時代の有名な棋士の対局記録もしっかり残っています.昔の対局から最近のプロの対局まで,その棋譜が連綿と紙媒体として記録され,それらはコンピュータに電子記録として取り込まれています.そして,ネットにつながる環境があれば過去の膨大な対局結果をすぐに調べることができ,棋譜をより多く研究することで対局中に最善の手を打てる確率が上がります.そうすると,過去の棋譜を短時間で大量に勉強する棋士が現れてきました.そういう棋士は若くても短期間で非常に強くなります.今までであれば,頭の回転と経験値で実力が決まっていたのが,頭の回転と過去の対局の勉強量で実力が左右されるようになり,アナログよりもデジタルに強い若い世代が棋界の上位を占めるようになってきました.すなわち,棋譜が伝承され,しかも紙媒体から電子記録に変換されて大量の棋譜を比較的短時間で研究できるようになったことが現在の囲碁棋士の勢力図にも影響を与えているのです.
Copyright © 2015, MIWA-SHOTEN Ltd., All rights reserved.