- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
リハ病棟では,患者だけでなく,家族もそして医療者にもさまざまな心理がみられ,時にその心理的問題が患者のリハの進み方やQOLにも影響していく.リハでの心理が問題となるのも,リハは急性期と違い,入院期間が数カ月と長いこと,また療養病棟や施設と異なり,医療の多職種がチーム医療としてかかわっているからである.そこには医療職と患者だけではなく,患者と家族,医療職と家族,医療職同士等,さまざまな人間関係が存在し,そのコミュニケーションギャップが心理的問題として浮上してくる.
筆者の所属する茨城県立医療大学付属病院は,リハ専門の教育病院である.筆者は1998年(平成10年)から非常勤,2004年(平成16年)からは常勤の精神科医として,精神障害のリハも含めて精神科リエゾン医として勤務している.茨城県には,これほどリハ病院に深くかかわっている精神科医はまだ少ないのか,他のリハ病院からの相談も受けている.その中で脳卒中後うつの研究をするべく数年にわたり約200例について,入院時と退院時あるいは退院後,合計約500回以上,患者と家族にできるかぎり時間をとってインタビューした.結果,急性期からリハ病棟,また在宅の流れの中で共通した心理があることがわかった.
よくあるパターンとしては,リハをしても麻痺や認知障害等が残るという事実に対しての「犯人捜し」あるいは「リセットボタン探し」がある.なぜかここに「脳卒中後うつ」という言葉が現れるのである.
これまでの経験から,ここで「犯人捜し」あるいは「リセットボタン探し」を概説しよう.急性期の救急病院では,命を取りとめ,本人も家族もほっとする.またそこでなされるリハで,最初はもう動かないのではないかと思った身体が動きはじめ,さらにリハ病院に転院することで完全に元通りの身体を取り戻せるかと誰もが期待に心を躍らせる.それは当然のことである.その後リハ病院に移って,集中的なリハが施行され,医療スタッフ側としてはリハは順調に進んでいると思って,そろそろ退院という話になっていく.医療スタッフ側が車いすに乗れるようになったことを本人の前でその努力を褒めたところ,本人からは「自分は歩きたいからこの病院に来たのだから,車いすには乗りたくないのに褒めてもらっても困る」という答えが返ってきて,こちらも困惑することもある.現場の医療者であれば,リハというものは完全に元通りの身体にすることだけではなく,障害をもっても本人の希望に沿った生活を考えていくことでもあることはよくわかっているだろう.したがって麻痺や認知障害が長く残る場合も少なくないことは知っている.
一方,突然脳卒中というエピソードに見舞われ,そして医療の専門家でもない本人や家族は,病院,しかもリハ病院に入院したのに障害が残ったまま退院を迫られることに困惑する.たった1日倒れたというだけで,それほど長く障害が残ることは想像していない.逆に1日で悪くなったなら,どこかにリセットボタンがあって,元に戻ってほしいと願う.そう思うのは無知の結果でもなく,健全であたり前の心理である.そろそろリハ病院を退院というときになって,リハ病院での回復の限界や在宅での可能性等を話し合うと,そこで始まるのはまさに「犯人捜し」や「リセットボタン探し」である.リハはやればやるほど効果があるはず.ここで機能を向上させない犯人は誰だ? 犯人が医療の場合は,リハのやり方が悪い,病院が悪い,医師,リハスタッフ,看護師等,医療職が悪い等,陰性感情の転移や八つ当たり(防衛機制の「置換」という)がみられる.あるいはリセットボタンがこの病院にはなかったのかと考える.病院の選択が悪かったのかと.いや,そうじゃない.リセットボタンはあるけど,本人が押せていないだけかもしれない.そうなると犯人は本人.「リハをやればいいのに本人にやる気がない.やろうという気持ちがない」という.このときに脳卒中後うつとも思われる病態が語られるのである.さらに医療職も自分だけは犯人になりたくないという心理が働くと,叱咤激励か家族の理解が悪いとしてしまうか,精神科医に相談ということになる.そこにおいて精神科医に求められるものはリセットボタンを一緒に探してもらう役割となってしまう.要するに本人,家族や医療スタッフのすっきりしない複雑な気持ちを精神科医とシェアして,気を楽にしたいということなのである.
実際には筆者の場合は,本人の心理だけでなく,家族や医療スタッフも含め,なぜ精神科医への相談に至ったかのプロセスをまずよく聴取していくことにしている.精神科医の診察が誰のためなのか,本人なのか,家族なのか,医療スタッフなのか,よく見きわめていく必要がある.それにより治療や対応も違ってくるのである.精神科は必ずしも本人のためだけに診察しないという診療科であり,この脳卒中後うつをめぐる対応は精神科リエゾン医の本領が発揮できると考えている.ただここに不足しているのは人には「がんばってやろうとしてもできない」ことがあるという考え方である.
以下に脳卒中後うつを中心に「がんばってやろうとしてもできない」という病態について解説していく.
Copyright © 2014, MIWA-SHOTEN Ltd., All rights reserved.