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■はじめに
我が国の災害医療において,最大のキーワードがCommand & Control(指揮・統制),Safety(安全),Communication(情報伝達),Assessment(評価),Triage(トリアージ),Treatment(治療),Transportation(搬送)の頭文字をとって「CSCATTT」と呼ばれることはこれまでに述べられたであろう。災害時に「CSCATTT」に沿って医療を展開した場合,3つ目のTにあたるTransportation(搬送)は,医療を提供するには厳しい状況下において,傷病者を適切な医療機関や,安全の確保できる場所に後方搬送することを意図している。例えば,災害現場で救出された傷病者に安定化処置のみを実施し,根本治療(手術や血管内治療,透析など)は実施可能な施設へ搬送する,といったイメージである。
多くの集中治療医にとって災害医療は馴染みがなく,どこか別世界のような,ややもすればドラマのなかのような印象をもつかもしれない。しかし,実は決して他人事ではない,というのが本稿で最も訴えたいことである。
災害発生により受傷した重症傷病者は最終的にはICUに入室し,集中治療を必要とすることになる。だがこれを被災地域内で完結できる保証はない。ICUの機能が維持できていたとしても,広範囲熱傷などで処置に人員を割かなければならない傷病者の場合,人手不足の被災地域内での処置は厳しく,被災地域外に搬出したほうがよい可能性もある。また,その時点では透析が可能であっても,断水していたら近い将来継続できなくなるし,他の目的のために水を残しておいたほうがいいと判断することもある。災害時は1人の傷病者に全力を注ぐわけにはいかず,限られた人的・物的資源で最大多数の最大幸福を追求することが求められる。平素の集中治療医の感覚からすれば,切り替えが難しいかもしれない。「自施設は災害拠点病院ではないから関係ない」と思っていても,新規患者が発生しないわけではない。災害時にも重症の内因性疾患は発生する1〜4)。また「自施設は専門施設(がんセンターやこども病院など)であり,そもそも救急患者の受け入れをするような施設ではない」と思っていても,決して他人事にはなり得ない。もともとICUに入室している患者の治療が継続できなくなることもある5)。
このように,ICUで勤務する以上,災害時における重症患者の搬送は決して他人事ではない。たとえ災害時であっても,入院中の重症患者の治療を中断するわけにはいかない。ICUで集中治療が継続できなかったり,継続できたとしてもそのことが総合的に判断すると最善策でなかったりした場合には,転院搬送を考慮せざるを得ない。すなわち,すべての集中治療医は,災害時に患者の搬送を検討する状況に追い込まれる可能性が高い,ということである。したがって,本稿では,災害が発生する前に今一度,重症患者の搬送に関する知識や考え方を整理したい。
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