- 販売していません
- 文献概要
◆ウン十年も生きてくれば当然でしょうが,かつての記憶が曖昧すぎるように感じます。そして,「日記」を付ける習慣があったらよかったな,とも思います。
もちろん,過去に付けていたこともあります。小学生の頃に書いていた日記を,少し大きくなってから読み返して,それなりな意義を感じ取っていましたから。何かのきっかけで記すようになり,ふとした理由から沙汰止みになり,日記帳は引き出しの奥に追いやられ,数年後に発掘されるということを,数回は繰り返しました。
でも,現在まで続くことはなく,私には身につかない習慣である,との結論になりました。
◆先日あるテレビ番組で,「逆境力をつけるためのセミナー」なるものが紹介されていました。そこでは参加者に,過去の自分を振り返って,よかった時代と悪かった時代をグラフにせよ,という課題が与えられました。過去の逆境にどう向き合ったかが,逆境力をつけるヒントであるというのです。そして皆,それなりにグラフを描いて,その理由なども語るのです。
はたして私は,あのグラフを描けるのか。大学入学や○○社に入社など,履歴書に記すような出来事はもちろん記憶していますが,「あの時,こんな状況に置かれて,その時,私は…」と語ることが何も出てこない自分に,「日記があれば…」と思ったのです。
◆優れた忘却力があるのだから,逆境力など不要かもしれません。でも,今の自分が,かつての経験や周辺環境によって作られたことは確かです。
社会人1年目を過ごした某社では,新人には毎日,その日の仕事を通して考えたことなどを,「わたしの記録」(通称ワタキロ)と称する文書に記すことが課されました。上司に提出すると,時には叱られ,時には励まされるコメントを付されて,数日後に手元に戻ってきます。
それらをまとめた“ワタキロファイル”は,今でも仕事で悶々としたときに読み返し,そこに記されている,未熟者だけど精一杯なかつての自分を確認します。自分を客観視する貴重な機会です。
◆最近巷で大注目な記録といえば,あるリケジョの「実験ノート」ですね。学生時代,理系の研究室に所属していた私に,非理系の者から問われます。「君は,あんな実験ノートをつけていたの?」
正直にお答えしましょう。実験ノートはありましたが,単なる白地の大学ノートで,通し番号を付けて抜き挿しできないようにとか,他者からのチェックとサインなどというシステムは存在しませんでした。当然,ノートの書き方や管理方法といった講義を受けた覚えはありません。そして,研究室を後にするとき,実験を引き継いでくれる人にすべて渡したので,何冊になっていたかは覚えていません。もし私の実験が何か大発見の一端を担っていたとしたら…。間違いなく,ノート記載の不備を叱られていたことでしょう。
でも,あそこには,私の確かな毎日が綴られていたはずで,どこかにあるのならば,読み返したいと思う今日このごろです。
Copyright © 2014, "MEDICAL SCIENCES INTERNATIONAL, LTD." All rights reserved.