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■列車を待つホームでの毎朝の出来事,いつものように,いつもの定位置にいつもの人が立ちます。一人は,コラムニストの天野祐吉氏を思わせる,ダークスーツを着用し,フェルト・ハットをかぶった紳士。こだわりのありそうな黒いブックカバーにくるんだ文庫本を左手に持ち,読んでいます。もう一人は,『鉄腕アトム』「白熱人間の巻」に登場するC・P・クラブのノッポー氏を思い起こさせるような長身の人物。つい最近までは,ハードカバーの洋書を両手でしっかりと持ち,まるで聖職者がひざまずく信徒に,聖書の一節を読み聞かせているかのよう。何か知的な神々しさを感じておりました。
それが,先月でした,わがノッポー氏の手にはiPadが…。座ってはいないものの,粘土板を持つエジプトの書記官を思い起こしました(書記官の持つのはパピルスですが)。すると,とたんに彼が通俗的にみえてきたのです(失礼)。それまで彼が新聞を開いていたのなら,世の中の動きに敏感な人だと感心したに違いありません(何ともはや,勝手な印象で)。でも今日は,再び書籍を開いております。ということは,彼の読み物には,電子化されているものとそうでないものとがある,ということなのでしょうか。それとも,いわゆる“自炊”が間に合っていないということなのか。もしそうなら,本を断裁するなんて,何と野蛮な…(またまた失礼)。
読書家でも愛書家でも,もちろん猟書家でもない,ごく普通の本好きな私としては,今話題になっている“電子書籍”には,ある種の(いわれのない)嫌悪感をもっています。本はやはり紙,電気ではないでしょ,と。で,思いだしたのがフランス綴じ。これは,印刷した用紙を折りたたんだだけの,造本途中のもので,表紙などは,各自の好みで装丁するというもの。ヨーロッパにはこうした趣向があるようです。わが国でもカルチャーセンターには装丁講座があること,また,豆本の愛好家などを考えると,製本への興味は,洋の東西を問わないということでしょう。装丁は本には欠かせない要素。
で,「本の中身を保護し,利用しやすい形に仕立てること」(図書館用語辞典,1982年,角川書店)が装丁なら,iPadも立派な“装丁”ということになりますか…。ということは,自分だけの本を持ちたいという本好きには,電子配信こそ,書体(活字)の選択をはじめ,レイアウト,用紙の選択,もちろん製本の仕方など,まったくのオリジナル本をつくるための材料提供への第一歩にほかなりません。となると,これまで毎年行われていた「造本装幀コンクール」も「世界で最も美しい本」コンクールも様変わりして,一つは,プロアマ問わない造本技術を競う部,もう一つはiPadのカバーの部ということになるやもしれません。それまでの書籍を思い起こさせるような,お堅い内容を読むときのB5やA5判の,使い勝手とは相反するiPadカバーが出てくるかも。ちょっと楽しみです…。でも,和本のように1000年以上の歳月に耐えられるようなものにはならないでしょうけど。
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