話題
モスクワの情報処理研究所における研究生活
森 茂美
1
Shigemi Mori
1
1旭川医科大学第二生理学教室
pp.176-178
発行日 1976年4月15日
Published Date 1976/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425903119
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ようやく始まつた日ソ科学者の交流
昭和49年度から日本学術振興会とソ連科学アカデミーとの間で研究者の相互交流協定がまとまりましたので,医学生物系から私が派遣されることとなり,49年12月1日から50年9月30日までの10カ月間モスクワ市内にある「生体情報処理研究所」で研究生活を過ごすことができました。
この交流計画は田中前総理大臣がモスクワを訪問したさいに話題になつたことから急に協定としてまとまつたことのようです。西欧,アメリカとソ連との間にはすでに長い歴史をもつ交流協定がありますが,日本とソ連との間にはいまだ平和条約が締結されておりませんのでそのような形での交流は不可能でした。しかし平和条約とは別に戦後30年を経た今日ようやく国家レベルでの研究者の相互交流が始まつたことになります。
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