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今後,生命科学は予測する科学へと変貌していくだろう。シミュレーションプログラムを使って細胞の,組織の,そして個体の運命が予測されるようになるだろう。量子力学の大規模実験が理論による予測を確認するために行われているように,生命科学の実験も,遠い将来か近い将来かは別にしても,いずれは予測を確認するために行われるようになるはずである。このような“予測する生命科学”を創るためのプラットフォームが生命動態システム科学である。この生命動態システム科学の実験的土台は計測科学である。最近よく使われている定量生物学という言葉はその発想を同じくするものであり,これらの研究から抽出したパラメーターを基に,数理モデルが構築され,シミュレーションによって現実と仮想空間とが橋渡しされる。一方,原理を突き詰めていく物理学とは異なり,非常に複雑な生命体のパラメーターのすべてを決定することはそもそも不可能であるという立場もある。細胞あるいは臓器をブラックボックスとして,多数の入力・出力データから,このブラックボックスの入出力応答を予測することで生命現象を予測しようというアプローチも情報科学の分野で進みつつある。いずれのアプローチをとるにしても,シミュレーションの予測結果が正しいかどうかを検証する必要があり,そのための生命を再構成する研究=合成生物学も,生命動態システム科学の大きな一翼を担う。本増大号の目的は,この,定量・数理・合成生物学という生命動態システム科学の3本の柱を鳥瞰することである。
「生命動態システム科学」を今後推進していくことは平成23年に文部科学省で決定された。これに従い,生命動態システム科学4拠点,戦略的創造研究(CREST),さきがけ研究などのトップダウン型のプロジェクトが相次いで開始され,猛烈な勢いで研究が始まっている。しかし,数理・情報科学と生命科学の融合を掲げるこの領域は,その研究者が一堂に会する学会を持たず,果たしてある一定の研究領域を形成しているのかさえ,外部の研究者にはわかりにくい。日本においては,この領域は少数の数理・情報科学者と多くの医学・生命科学者,そしてごく少数の両方ができるバイリンガル研究者からなっている。ここで一つ注意を喚起したいことは,今,数理・情報科学と生命科学の共同研究を必要としているのは膨大な情報に圧倒されている生命科学者の側であるという点である。したがって,生命科学の側から数理科学に近づいて理解する努力が必要であると思う。本増大号では“生命動態システム科学”を浅く広く俯瞰し,生命科学者が数理・情報科学という異国の言葉をしゃべる研究者と話す一助になればと生命科学者の立場から編集した。多忙ななか,ご執筆していただきました諸先生方に深くお礼を申し上げるとともに,特集が今後の研究の発展に寄与することを切望するものである。
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