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今回の特集は“進化発生学(Evolutionary Developmental Biology)”という,誕生してかれこれ20年を越えようかという研究領域をベースにしている。その前身は19世紀末以来の“比較発生学(Comparative Embryology)”であり,更にそれは“比較形態学(Comparative Morphology)”の一部でもあるのだから,見ようによっては,これは発展の大半を20世紀科学に依った生物学の,他の多くの領野に抜きん出て古い学問と言える。むろん,本来の比較発生学が衰退してから,数多くの技術,概念上の発展があり,それらを取り込んだ現代進化発生学は,もはや単なる比較発生学の発展型では済まない。さりとて,出自から頑なに保持されている幾つかの古典的属性は明らかであり,典型をあえて一括表現するのであれば,とりあえず“アナログ思考”ということになる。アナログそれ自体が古典的なのではなく,“デジタル”が近過去や近未来を代表するからこそ,アナログが古く見えるのである。
進化形態学や比較発生学が研究として成立するのは,一面,それが検索可能な形でデータベース化されていないことによる。大抵の画像データはおそらくこの世のどこかに保存されているのであろうが,特定の能力がないとそれを本当の意味で検索できない。例えば,末梢神経が描かれた脊椎動物胚の図のうち「三叉神経第2枝が近位で内外に分枝し,内側枝が予定前上顎骨のあたりまで伸びている」ような画像が欲しいとしよう。誰でもわかるように,そのままの検索はまず不可能である。しかし,比較形態学者はそのような極度に専門化した図版を実際に必要とし,その所在をなんとか明らかにせねばならない。かくして,多くの比較形態学者にとって,並の検索機能では目的の情報は手に入らず,それを補完するためにはなんとか独自に図版をアーカイヴ化するしかない。そんな凝り性が多いのも進化発生学の特徴か,筆者自身,暇のあったころは自前の解剖図版データベースを作ってみたりもしたのであるが,実際のところそれは自分の記憶の強化にしか役立たなかった。ところが,誰でも必要とする汎用の解剖図譜は,研究レベルが向上するとあっという間に役に立たなくなる。結局,最良のアーカイヴは研究者各個人の本棚か頭の中だということに落ち着く。一方で,デジタル化が極めて向いている情報もある。ゲノム情報がその典型であり,年々精緻と量を極めつつあるが,それをアナログな表現型とどのように結び付ければよいのかについても,まだ光明は差してこない。それらが全く異なった認識の産物であれば当然である。当然であるが,しかし,その間に何らかの相関があり,しかも両者とも,同じ系統樹の上で連続的に多様化してきたことはホモロジーが保証している。そう,進化発生学は,今も昔もホモロジーをよすがに,ホモロジーの本質を暴くために邁進しているのである。
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