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物理学者の生命科学研究への参加は,しばしば生命科学に大きな変革をもたらしてきました。Schrödingerの『生命とは何か』という問いから20世紀の定量的な生命科学研究が始まったといっても過言ではないかもしれません。近年の物理学的アプローチの成功例の一つはメカノバイオロジーです。分子レベルのpNの世界から,細胞,組織,個体へと,大きさの次元は異なれど,形の変形,物質の移動はすべて数式で記載可能な物理現象です。そして,もしすべてが数式で記載できたなら,その暁には,生命動態が完全に理解できたと宣言できるでしょう。それはもちろん遠い夢物語ですが,それに向けて活発に研究が進んでいる状況を紹介すべく特集を企画しました。まず力の測定においては,AFMやマイクロニードルを使った方法,あるいはイメージングに基づく方法が汎用されています(牧ら,藤井ら,島本,近藤の項)。一方,細胞内で力を感知できる分子は多数にのぼることが解明されつつあり,意外な分子が力の変化を検知できることに驚かされます(木岡,古川,内田らの項)。そして,このような細胞による力の検知は,細胞の幹細胞性,がんの悪性度,神経発生など様々な生命現象のカギであることがわかってきました(木戸秋,江崎ら,中澤らの項)。そして,これら生命現象を物理的に理解するために様々なモデルが提唱され,あらたな研究の方向性を示しています(平島,奥田,杉村らの項)。最後に,このような力学モデルとシミュレーションは既に医療の現場に応用されつつあり,頸動脈狭窄症患者に対する頸動脈ステント留置術前後での解析結果を一例として紹介していただきました(大島らの項)。
メカノバイオロジーの計測には,マイクロ流路を使った様々なデバイスが使われることも多く,この分野の研究は,生命科学者,物理学者,そしてエンジニアの共同研究が基本です。このような融合研究は,より高いインパクトの研究を生むことが様々な調査結果から明らかにされており,そして残念なことに,わが国が苦手とする分野とも指摘されています。本特集で紹介させていただいたような成功例が今後ますます広がることを期待しています。
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