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はじめに—幕開き
初めまして。京都で演劇の演出家として活動している野村眞人です。演出家として活動する傍ら、京都の福祉施設で、世話人という仕事にも就いています。愛知県名古屋市の出身で、大学進学に伴って京都で暮らし始めてから14年が経ちます。大学在学中の2016年から演出家として活動を始めました。小学5年生の秋に学芸会で留吉という役を演じて以来、なんとなく演劇という言葉が気にかかっていて、大学では演劇の研究を専門にしました。ところが、文献を読んでいるだけではどうしても面白みに欠けるなと感じるまま身が入らずに、大学を留年してしまいました。恥ずかしながら、そこでようやく、それまで一度も演劇を見にいったことがない、と気がつきました。そうして慌てて近所の劇場に見にいった演劇がとても衝撃的で、その場で研究者から舵を切り、作る側に回ることを決めました。
かなり衝動的に始めた演劇活動ですが、今も変わらず観客席で経験した感動が原点にあります。演出家であることを選んだのは、作り手であると同時に、観客席に座る観客でもある、という役割が気に入ったからです。2020年からは、コロナ禍に読んでいた木村敏の著作に影響を受け、精神医療やその従事者にフォーカスをあてるような取り組みを始めています。そうしたなかでご縁をいただき、このエッセイを書くことにもなりました。お話をいただいたとき、まず思い浮かんだのは、精神医療についてリサーチを行い、作品の制作に取り組んできたなかで、次第にわたしにとって重要なテーマとなっていった、「自分自身の観客になる」ということでした。今回は、わたしのこれまでの取り組みを引き合いに、自分自身の観客になるとはどういうことかについてお話しできたらと思います。
このテーマを語るにあたって、まず、演劇において本質的に重要な行為のひとつである、演じるということについて書いてみます。わたしの作品は、自己紹介から始まることがとても多く、この場でも、先に書いた自己紹介を借り、とある上演の冒頭部分を想像することから始めてみたいと思います。
先の自己紹介がセリフで、出演者はわたしです。そして、あなたは観客席に座っています。上演が始まります。わたしが舞台に現れ、軽く一礼をし、呼吸を整えてから、あなたに対して自己紹介を始めます。このとき、舞台上で、わたしはどのように語っているでしょうか。明朗快活に、それとも、言い淀んだり、言葉につまったりしているでしょうか。わたしはまだ自己紹介を続けています。
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