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はじめに
1984年に実施された日米共同疫学研究の結果によると、その当時我が国には少なく見積もっても240万人のアルコール依存症が存在すると推定された*1。これは全国民の約2%にあたる膨大な数字である。一般に、アルコール依存症数はその集団の平均アルコール消費量に比例して増加するといわれている。その後の我が国における飲酒量の伸びを考慮すれば*2、アルコール依存症数はさらに増加していることが予測される。
アルコール依存症は、長期間の飲酒の影響で関連臓器障害を伴っていることが多い*3。関連臓器障害に起因する身体的愁訴に加え、アルコール依存症は社会的ないし対人面での多大な損失を伴う*4。家庭においては夫婦間の不和、離別、経済的破綻ばかりでなく、親の飲酒問題の影響を受けて育った子女の対人関係障害等といった深刻な問題がみられる。アルコール依存症はまた、職場などでは生産性・作業能率の低下を招き、暴力、傷害、殺人といった各種犯罪や交通事故などの社会的問題とも関連が深い*5。
近年、外来治療に少しずつシフトしているものの、アルコール依存症治療の中心は依然として入院治療である。入院治療を続けていく中で多くのアルコール依存症患者は規則正しい集団生活、病棟内に閉じ込められているという閉塞感、飲みたい酒が飲めないストレスなどから、イライラしたり、攻撃的になったりする。この攻撃はしばしば治療者に向けられる。
医療チームの中で看護者は患者に一番身近な存在であり、患者の感情表出を受けやすい立場にある。患者の攻撃的言動に反応し、看護者はしばしば陰性感情をもつことがある。ここでいう陰性感情とは患者に対する意識的もしくは無意識的な否定的感情であって、精神分析でいう広義の陰性逆転移である*6。
患者の攻撃性は、本来、入院治療の構造やプロセスの中からいわば必然的に生まれてくるものであり、アルコール依存症者を看護する看護者(以下アルコール看護者と略す)には避けることのできないものである。一般に、患者に対する陰性感情は適切に処理しないと、治療に対して悪影響を与えるといわれているが、その対処法に関する文献はほとんど存在しない。
そこで今回、筆者らはアルコール看護者のもつ陰性感情に関する実態調査を行なった。その結果、陰性感情に関連するいくつかの要因を同定できたので報告する。
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