連載 介護することば 介護するからだ 細馬先生の観察日記・第17回
情動が漏れ、生活を語る。
細馬 宏通
1
1滋賀県立大学人間文化学部
pp.1084-1085
発行日 2012年12月15日
Published Date 2012/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688102379
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「もう、こうやっててもほんとに娘だとわかっているんだか」と、タナハシさんの娘さんはおっしゃる。少し微笑みながら、淡々と言われるので、それはひとときの嘆きではなくて、ずいぶん長いこと、そうなのだなとわかる。
タナハシさんはグループホームの最古参だ。アルツハイマー型認知症という診断だったが、入所当時は生年月日もはっきり答えていたし、こちらがホソマですと名乗ると、ああホソマさんですかと答えが返ってきた(1分後には忘れられたけれど)。けれど、それから6年が経ち、最近では不思議そうにこちらを見るものの、答えは返ってこない。普段も声が出ることは少なく、じっとどこかを見入るようにしていることが多い。月に何度か来られる娘さんとリビングで話しておられるときも、やはり、あまり声が出ているとは言いがたい。娘さんが何か言うと不思議そうに目を向け、名前を呼ばれると、驚いたように目を開く。それでも娘さんは、タナハシさんに、お茶はおいしい? 薬はちゃんと飲むのよ、とことばをやりとりしているかのように声をかける。
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