連載 カウンセリングの現場から・2
親の親
信田 さよ子
1
1原宿カウンセリングセンター
pp.166-167
発行日 2000年2月10日
Published Date 2000/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686901158
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「ただいま」,玄関を入るときいつも不安だった。母がどんな顔をしているのだろうか,泣いてはいないだろうか……。たいてい,薄暗い台所の食卓に肘をついて座っているのだった。そのころの母の笑った表情は記憶にない。暗い眼をして見つめられると,その瞳孔の果てしない闇の中に吸い込まれていきそうな恐怖を覚えた。
「今日の音楽の時間ね,こんな歌を覚えたんだ」ランドセルから音楽の教科書を取り出して大声で歌ってあげる。時には笛を吹いてあげる。わざと間違えて音程を外すと,母が思わずふっと表情をゆるめる。その瞬間のために,すべてのエネルギーを注いだ。そのためならどんな努力も惜しまないと8歳のA子さんは思った。
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