連載 おとなが読む絵本——ケアする人,ケアされる人のために・208
黒光りするピアノから響いてくる「カノン」
柳田 邦男
pp.176-177
発行日 2024年2月10日
Published Date 2024/2/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686202601
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私が書斎で原稿を書いているとき,書斎に入ってきて,「おじいちゃん」と言って,肩に手をあててくれるのは,中学1年生の孫娘くらいだ。と言っても,原稿を覗き見るわけではない。連れ合いの絵本作家いせひでこになると,そこまでも近づかず,隣室から「FAXが入ってるわよ」と言って,手を伸ばしてFAXレターを渡してくれるだけ。いせ自身が絵を描いているとき覗かれるのを嫌がるのと同じように,私が執筆中の原稿を見られるのを好まないのを知っているのだ。
そんなわけで,私はいせが制作した絵本の絵の1点1点を,制作の途中で見たことはほとんどなく,完成してはじめて,「こんな絵を描いていたのか」と,遅蒔きながら味わったり感動したりするという繰り返しだった。だが,最近完成させた絵本『ピアノ』の絵への私の接し方は,これまでと違っていた。いせのアトリエは,自宅内でなく,自宅と同じマンションの別の階段の一室に設けられている。ともあれ,『ピアノ』の絵を描き始めて間もなく,最初の1点が完成した日,いせはその絵をスマートフォンで写真に撮って帰宅して,写真をコピー機でペーパープリントにした。絵本の該当頁にどのようにレイアウトするか,その作業をするためだった。その作業を居間の大きな丸テーブルの一角で始めた。丸テーブルは,食事やお茶でくつろぐ場でもあるので,書斎から出てきた私の目に,いせが広げている絵のペーパープリントが飛びこんできた。
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