- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
はじめに
ある脳神経外科医の語りから
まずは以下の語りを読んでみてください。語り手はある脳神経外科医です。言いよどんだり,口ごもったりしたところも,そのまま書き起こされていますので,実際の語りに耳を傾けるように,想像力を働かせながら読んでください。
「アルツハイマーっていうのはもう,それだったらもう,こう,死ん……あの,もうほんとに死,死に,死と同じだというふうに思っている人が多いわけですね,まだ,まだまだ。で,そのことを……少しでも早く,あのー,これはアルツハイマーでもちゃんと,あのー,生きていくことができるんだっていうことを,わたしが,少なくともわたしが,あの,声,声を出していきたい,というふうに思うんですよね。
で,本当に皆さん,なんていうか,あの……こういう病気は本当にどうしようもない,何もできない,そういうことが,ほとんど,多くの人がそういうことで,その病気を考えていると思うんですよね。
だから,それに対して,わたしは少しでも,わたしの……わたしがそのことに対して,少しでも皆さんに『そうでないんだよ』いうことを,あの……言えることができれば,一番いいのではないかなというふうに思います」
この語り手にあなたはどのような印象を持ったでしょうか? 訥々とした語り口に,「患者さんと真摯に向き合いながら認知症医療に取り組む誠実な医師なんだな」と思われたのではありませんか?
もちろんその印象に間違いはありません。でも,それだけではないのです。この方はご自身が若年性アルツハイマー型認知症の診断を受けた患者さんでもあるのです。診断を受けたときはまだ59歳で,医師として活躍し医学部で教鞭もとっていた頃でした。この語りは,その4年後,すでに退職された後にインタビューしたときのものですから,厳密には「元・脳神経外科医」ですが,だからといって医師としての自覚やアイデンティティが失われてしまうわけではありません。上記の語りはあくまでも職業人としての意識に裏打ちされた言葉です。
語りの中によりよいケアのヒントがある
私たちはつい患者さんを「認知症患者」「乳がん患者」というように,病名を付けた引き出しの中に分類してしまってはいないでしょうか? 臨床の現場で患者さんと出会うとき,病いを得る前のその人を想像するのは容易ではありません。けれども,そのような「患者」の引き出しに収まりきれない,1人の人間としての思いの中にこそ,よりよいケアのためのヒントが隠されているはずです。そうした人々の思いがいっぱい詰まっているのが,ウェブページ「健康と病いの語りデータベース」(http://www.dipex-j.org/)です。
Copyright © 2014, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.