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はじめに
医療クライシスと社会的共通資本としての医療
わが国では,長年の医療費抑制政策が続いています。その結果,医療従事者の人手不足や病院閉鎖,医療事故などが相次ぎ,「医療クライシス(危機)」の瀬戸際と言えるような状態になってしまいました。それがひとつの要因となって政権交代が起きました。登場した民主党の菅首相の施政方針で掲げられたのが「第三の道」を通じた「最小不幸社会」の実現です。
この「第三の道」とは何でしょうか? その先例は,日本より10年早く医療クライシスを経験し,立ち直ったイギリスです。
そこで,イギリスNHS(National Health Service)の改革プロセスを参考に,日本における「社会的共通資本としての医療・看護」の課題を考えてみたいと思います。宇沢弘文先生らが編集された『社会的共通資本としての医療』(東京大学出版会)によれば,社会的共通資本とは,ゆたかな経済生活を営み,すぐれた文化を展開し,人間的に魅力ある社会を持続的,安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置であり,教育,医療などを含みます。それらにおいては,「社会を構成する全ての人々が,老若,男女を問わず,また,それぞれの置かれている経済的,社会的条件に関わらず,そのとき社会が提供できる最高の医療を受けることができるような制度的,社会的,財政的条件が用意されている」ことが必要だと述べられています。
本論では,まずイギリスの改革プロセスを概観し,そこから高齢化の進む日本における医療制度改革の課題を考えます。次に,今の日本医療が社会的共通資本の要件をどの程度満たしているのか,健康格差や訪問看護におけるケア格差を例に検討します。それらを踏まえ,私たち医療・看護に携わる者が取り組むべき課題を考えます。
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