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はじめに
Health humanitiesとは,「ヘルスケアにおいて我々が遭遇し経験することの意味は芸術や人文学を通してこそ十全に理解できる」という前提に立ち,患者と医療者双方の健康とウェルビーイング(well-being)の向上のために芸術や人文学の力を新たな方法で活用することをめざす運動である。
Health humanitiesの第一人者である英国ノッティンガム大学健康科学部ヘルスヒューマニティーズ領域のPaul Crawford教授はフローレンス・ナイチンゲールの以下の言葉に言及し,「芸術と看護の類似性(affinity)」(Crawford, Brown, Baker, Tischler, & Abrams, 2015, p.9)について論じている。
看護とは芸術である。そして,もしそれを芸術とするならば,画家や彫刻家と同じように,献身的な努力を必要とする。命のないキャンバスや大理石を扱うのと,神の魂の神殿である命ある体を扱うのとでは,何が違うというのだろう。看護は美術の一つであり,美術の中でも最も優れたものである…アマチュア美術などというものはなく,アマチュア看護などというものもないのだ。 (McDonald, 2004, pp.291-292)
Crawfordは,これまで「看護学の優れた研究者や教育者の多くが,人間の経験の豊かさと複雑さに対する認識を確実に教授するためには芸術と人文学を教育に取り入れることが適切であると考えてきた」こと,さらに「看護とは何かという看護の本質を理解するために,芸術や人文学が活用されてきた」(Crawford et al., 2015, p.9)と述べている。
実際にCrawfordが述べるとおり,英国だけでなく米国においてもBetty Ferrellらが,「病いとは‘人間が遭遇する深遠な経験’(Illness is ‘a profound human experience’)」(Ferrell, Virani, Jacobs, Malloy, & Kelly, 2010, p.942)であると主張し,看護師がその理解を深めてゆく過程において芸術や人文学が大きな役割を果たしうると論じている。また,看護師であり作家でもある米国のCortney Davisは,医学教育においては医師作家が書いた文学作品を活用して医学生の共感力や倫理観を高める教育を行っている一方で,なぜ看護教育では看護師である作家による文学作品を用いた教育が行われないのか,と疑問を呈している。Davisは,「医学生には豊かな感情を育む必要があるが,看護学生にはすでに共感力が備わっている」(Davis, 2003, p.13)と一般的に考えられていることを,その理由のひとつとして挙げている。しかしながら,Davisは看護教育においても医学教育で行われてきたmedical humanitiesのような人文学教育を行うべきであると主張し,次のように述べる。
私たちは必要なものを手にしています:看護師が創出した豊かで多様な文学と芸術です。私たち看護師が,死や倫理的ジレンマ,仕事と家庭の両立の難しさについて語るツールとしてそれらを使う時が来たのです。もし私たちが‘nursing humanities’を使って「遠大な道徳的探究」に従事するなら,おそらく私たち看護師は…私たちの想像力(creativity)を用いて看護師がいかに重要で価値ある存在であるかを社会に思い起こさせることができるのです。 (Davis, 2003, p.13)
精神科看護師のキャリアをもつCrawfordが,なぜ新しい運動を前述のDavisが望むようなnursing humanitiesではなくhealth humanitiesと名づけたのか。そして,この新分野health humanitiesはいかなる発展を遂げてきたのであろうか。本稿ではhealth humanitiesとはどのような運動であるのか,そして,看護研究さらにはわが国の保健医療にどのような可能性をもちうるのかという点について,まずhealth humanitiesの前身であるmedical humanities運動を概観した上で論じていく。
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