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1.はじめに
ある特定の動作およびその系列を適切に遂行する能力のことをスキルと呼ぶ。一般的に,このスキルを他者に教えたり伝えたりすることは,非常に困難である。これから議論する看護ケアも,多くのスキルを必要とするが,その伝達・教育法の確立はなかなか難しく,決定打となる方法が提案されていないのが現状である。
スキル教育や伝達が不十分な場合には,経験年数の浅い看護師がスキル習得不足の状態で現場に出ることになる。結果として,ケア遂行時に身体に多大な負荷がかかり身体を壊す危険性が高まり,大きな問題となる。また日々遂行すべき看護ケアの段取り(遂行手順の決定)が適切でないため,与えられた時間内に業務がこなしきれず,残業せざるを得ない状況に陥りやすくなる。場合によってはパニック状態に陥り,ひいては医療過誤を招きやすくなることが指摘されている。
本稿では,これらの問題に対して「システム構築による定量化(創って測りつつ検証する)」を特徴とする工学的アプローチにより看護ケアスキルの伝達・教育をどのように支援できるかについて述べる。
まず看護ケアに必要とされるスキルを2種類に分類する。1つは,ベッドメイキング,車椅子移乗など比較的短い時間で完了する動作遂行時のスキル(動作生成スキル)である。精緻な運動の構成法,力の加え方ひとつで,動作の成功失敗,上手い下手が決定されるものである。他の分野でいえば,生産作業におけるワイヤハーネス(車に用いる配線)などの柔軟材の組み付け作業や,伝統芸能を行なう演者の所作などがこのスキルに含まれる。
もう1つは,前者のようなケアが多数存在する場合の,遂行手順に関する段取り付けスキルである。これは,前者と比較して比較的長い時間にわたるスキルである。看護ケアの分野でいえば,多くの入院患者がいる病棟における看護師業務,手術室における手術業務などに相当する。より一般的には,管理業務に区分されているものの多くは,多くの業務を効率的に処理するという意味において同様なスキルが要求されている。
これら2種類のスキルの伝達・教育に関して,従来どのような研究がなされてきただろうか?
前者の動作生成スキルについては,人間工学,ロボット工学の分野において,個別の熟練作業に応じた解析ならびにその応用方法に関する研究が多く行なわれている。人間工学の分野においては,古くからギルブレスにより人間の作業解析(サーブリック法)が提案されている(ギルブレス,ギルブレス,1965)。これは作業を行なう人間の動作を18種類の基本動作で表現しているものである。また,ロボット工学の分野では,舞踊家の動きのスキル抽出ならびにそれらのロボット動作生成への応用に関する研究(池内ら,2004),部品の組み立て作業時のスキル抽出ならびにそのロボットへの適用についての研究(長谷川,末広,高瀬,1991)などが存在している。それぞれの分野における研究は現在においても進展を続けている。しかしながら,抽出されたスキルをどのように教育に活かすかという観点からはあまり研究がなされていない。
後者の段取り付けスキルに至っては,ほとんど研究がなされていないのが現状である。類似の研究分野として,従来から最適化理論,最適化工学の分野の1つとして,ジョブショップスケジューリング問題(複数の仕事を複数の資源にうまく割り付けることで,できるだけ早く全体の仕事を終える問題)解決の方法論の研究が多く行なわれており,ディスパッチングルール法(局面で仕事を割り付ける適切なルールに基づく方法),分枝限定法(すべての解候補から最適解でないものをまとめて捨て去ることで最適解を求める方法),遺伝的アルゴリズム(解候補を遺伝子形式で表現し進化させることで適切な解を求める方法)などさまざまな方法が提案されている(黒田,村松,2002)。ただし,これらは自動スケジューリングの研究であり,人間のスケジューリング特性についての研究はほとんどなされていない。看護師の段取り付けについては個々人の経験の蓄積により遂行手順を決定しているのが現状であると思われる。教育としては,オン・ザ・ジョブ・トレーニングによるものがほとんどであり,伝達・教育のレベルには至っていない。
ここでは,図1に示す看護師自習支援システムを提案する。このシステムにおいては,事前に動作・段取り付け分析用センサを装着した熟練看護師が,手本となる動作生成ならびに段取り付けを行なう。このときに取得したセンサ情報を,手本データとする。
次に看護学生,新人看護師などの学習者が同様なセンサを身につけて動作生成や段取り付けを行なう。手本データと学習者のデータを比較し,その差異を抽出する。それを学習者に可視化して違いを示す。
さらに,学習者に対してどのような動作や段取り付けの修正が望ましいかの指示が自動インストラクションシステムよりなされ,学習者にフィードバックされる。このようなループを何度も繰り返すことにより,学習者の看護ケア力の向上を期待できる。学習者がある特定の場に自らをおいてスキル獲得練習をインテンシブに行なうことでその習得をめざす,という考え方である。
以下,段取り付けに関するスキル獲得支援,動作生成に関するスキル獲得支援それぞれについて議論する。
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