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はじめに─連載開始にあたって
看護研究のように,人間を対象とする分野では,研究方法を「量的研究」と「質的研究」とに分けることがよくある。量的研究は,医療分野での代表的な研究方法であり,例えば遺伝子解析や生化学的な動物実験,または新薬の効果を調べるための無作為化比較試験(randomaized control test ; RCT)などがある。
量的研究では,人間を対象とするような場合,多くはある現象について,数値を用いてデータ化し,統計学的な方法で解析する。このため,量的研究は客観的で再現可能であり,科学的証拠(エビデンス)の水準が高いものと考えられている。当然,学術雑誌に投稿した場合に採用されやすいことから,科学研究の本流と考えられている。したがって,量的研究が科学なのか,結果が一般化可能なのか,などという議論は普通はしないし,問題にもならない。仮にそのような議論が起きたとしても,それは特定の研究での研究計画は適切か,標本抽出法は適切か,統計解析は適切かなど,個々の研究を評価する場合に問題となるような,極めて個別性の高い場合についてだけである。
一方,看護研究では,多様な現象に関する患者や看護師の認識,価値,不安や葛藤などの心理的側面を扱う質的研究は少なくない。そもそも人間を対象とする研究においては,今後とも決してなくなることはない研究領域である。このように極めて重要な役割を担うべき質的研究ではあるが,その科学性や一般化可能性に関してはどうなのであろうか。
質的研究に関する成書が最近は多数出版されるようになり,なかには詳細に質的研究の再現性や妥当性の問題,もしくはこれらの用語を使用することに関する問題点など,多様な問題を議論している本もある(Flick/小田・春日・山本・宮地訳,1995/2002)。しかしながら残念なことに,私自身を納得させてくれるような記述には出会わなかった。
私の抱いている疑問は単純である。それは,「質的研究は科学なのか」ということと「質的研究の結果はエビデンスになるのか」ということである。
こういった単純な質問に対して,「科学とかエビデンスとかは量的研究者の考えることで,質的研究のパラダイムは異なるのだから問題にすべきではない」と答えるのは簡単である。しかし,これは研究者のとるべき回答ではないと,私には考えられる。パラダイムが違うというのは,その研究者がこれまで学んだ哲学や認識論の限界による思い込みや考え違いかもしれない。少なくとも,量的研究と質的研究を単純なパラダイム相違論で片づけてしまうような回答は,看護研究を行なう上での重要な信念対立を放置する結果を招くことになり,あまり優れた回答とは考えられない。もしも,現象学を学んだ質的研究者がこのような発言をしたとすれば,フッサール(Husserl/細谷・木田訳,1954/1995)以来の現象学を誤解していることになると私には考えられる。
哲学上の問題としてだけではなく,科学的な研究を行なう上でも,主観-客観の問題や量的研究-質的研究などの信念対立の問題を解決するためには,現象学に基づく考え方(竹田,2008)や,西條による構造構成主義の考え方(西條,2005)が極めて有用であることは,間違いないものである。さらに,構造構成主義を支える構造主義科学論(池田,1998),竹田現象学(竹田,2001,2008),そしてソシュールの一般言語学(丸山,1981;立川・山田,1990)などは,質的研究の科学性を考える上で,重要な示唆に富む思想といわねばならない。
前述した質的研究の科学性や結果の一般化可能性などに関して,本誌『看護研究』にて,今後数回にわたって考察していきたい。すでに『医学界新聞』紙上で,西條氏が連載「研究以前のモンダイ」として,構造構成主義の立場から科学や研究といった「当たり前」だが誤解の多い考え方について平易に解説している。また,私自身もすでに質的研究について,その科学性に関しては述べているのだが(髙木,2007),構造構成主義の提唱者とは違った切り口で,質的研究に必要な論点を解説していきたいと考えている。
全体の予定として,以下のように6回の連載を考えている。すなわち,
第1回 質的研究とはどんな研究なのか─量的研究と質的研究
第2回 科学とは何なのか─構造主義科学論の考え方
第3回 質的研究の難問を解決する─主観的解釈とは非科学的か
第4回 質的研究の結果は当たり前か
第5回 質的研究の結果は一般化できるのか
第6回 最後の難問─アブダクション
今後の展開によっては,タイトルや内容を修正する可能性はあるが,検討すべき課題はこのなかに記載できるものと思う。
まず第1回目の今回は,質的研究とは何を行なう研究なのかを,量的研究との比較とともに,現象学の立場から統一的に考えてみたい。
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